５．夜行列車の旅は素敵
「ああっこの猫また逃げた！！ なんて素早いんだ！」
「やっぱりトシですか？ 猫に負けるのは」
「いらんことを言うな！！ お前は本気で捕まえる気があるのか？！」
乗客の寝静まった夜行列車の中で、無賃乗車の猫と客室係乗務員が追いかけっこ。今のところ猫のひとり勝ちです…。
なんてね。
僕は追いかけられていた。
幸いお客さんが寝てるから、おじさん達も大声とか出せないらしくて、足音も殺そうとしてるからか動きが鈍い。はっきり言って僕は楽勝だった。遊んでもらってるようなもんだね。
ちょっと急いで走ったらあっと言う間に引き離せちゃう。後ろから声が聞こえなくなったところで僕は立ち止まった。
さっきまで走ってたのは二等客車。廊下の両側に二段の寝台があって、どれもカーテンが降りて静まりかえってた。
今いるところは、狭い廊下の一方の壁には月明かりの入る窓が所々に開いている。もう片方の壁には同じ間隔でドアが並んでいる。一等客車の個室のドアだよ。ドアの下のわずかな隙間から、光が漏れてくる部屋がけっこうあった。話し声も聞こえたりする。
さっきの追いかけっこでちょっと疲れてた僕は、一休みするために窓の縁に上ってみた。そして……僕は息を呑んだ。
そこに見えたのは、凄い光景だった。
さっき月明かりだと思った光は、違うものだったんだ。
遠くに、たくさんの光が見える。白が多いけど、赤や青や緑や黄色や、とてもたくさんの色の光が。まるで宝石箱をひっくり返したようだった。え？ 宝石箱って何かって？ 僕もよく知らないけど、人間ってきらきら光る綺麗な色の石をたくさん溜めるのが好きでね、それを入れておく箱を宝石箱って言うの。いっぺんひっくり返したら駅長さんの奥さんに怒られちゃった。でも、凄く綺麗なんだよ。
それが、列車が揺れるのに合わせてどんどん後ろの方へ飛んで行くんだ。そうして、新しい光が見えて来るんだよ。
後から後から、新しい宝石が転がって来るみたいに……信じられないくらい綺麗だった。
僕はしばらく、何もかも忘れてその夢のような光景を見つめていた。ほんとに夢のなかにいるみたいだった。息をするのも忘れてたみたいで、しばらくして息苦しくなって気がついたくらいだもん。
人間が、暗くなったら活動しないはずの人間が、どうして夜中に走っているのか、分かった気がした。みんなこれを見たいんだ。
この、空の星と同じくらい綺麗な、地面の星が見たいんだ。
「そうだったんだぁ……」
思わず呟いたその時。
「あ。いましたよ、あんなとこでくつろいでます」
「おーのーれー……人をかけずり回らせおって」
見つかっちゃった。
「覚悟しろよこのドラ猫…ちょろちょろちょろちょろ、人間様を馬鹿にしやがって」
「別に馬鹿にしてないと思いますけど。遊んでもらってるつもりなんじゃないですか？ それに、こいつ飼い猫ですよ。ほら、アクセサリー付けてる」
「だから何だ？！ 非常に迷惑だ！！」
「可愛いじゃないですかー。ネズミ獲ってくれたし。さっきの奴、このところ食堂車を悩ませてた大ネズミですよ。大体ジョンソンさん、猫好きじゃなかったんですか？ 家で飼ってるでしょ？」
「………最近家内と娘があいつに構ってばっかりなんだ…」
「それって思いっきり逆恨みなんじゃ」
…………………何の話してるんだろう……？
「何の騒ぎですか？」
突然後ろから声が聞こえた。
にゃっ？！ まだ人がいたの？ わあ、挟まれちゃったよ。
「……あの…どうして猫がいるんですか？ …さっきの放送ジョークじゃなかったんですか？」
あれ？ この人の声聞いたことあるよ。誰だろう？
「ああ、騒いで申し訳ない。後ろの貨物車に紛れ込んでたんだが……」
「おい…ひょっとしてスキンブルじゃないか？」
え？
「は？ スキンブル？ この猫、知ってるのか？」
「はあ。この鈴の形のアクセサリー、見覚えあるんです。この猫、どこの駅から乗ったのか分かります？」
「たぶん…始発駅だ。発車前の点検の時はいなかった」
「ああ、じゃあたぶん間違いないですね。あそこの駅長がよく連れてきてる猫ですよ。スキンブルって言って、あの駅で可愛がられてるんですよ」
「なんでそんな猫がこの列車に乗ってるんだ？！」
「さあ。でもこの子列車が気に入ってるみたいでしたから、乗りたくなったんじゃないですか？」
あー、思い出した。いつだったか駅で会った車掌さんだよ。この人もこの列車に乗ってたんだ。
「にゃーあ」
「そうだよって言ってるみたいですねー」
「認めるなぁああああ……」
おじさんはひとりで苦悩している。
「良いじゃないですか可愛いし。案外お客様に受けるかもしれませんよ？」
「あのなあ…」
「そうだ、こいつネズミ駆除員として採用したらどうでしょう。まだちっちゃいけど、あの素早さとネズミ捕りの巧さには天性のものを感じましたが」
「感じるな馬鹿者」
「いや、良い案ですよー。きっと喜びますよ。そうだろ、スキンブル？」
「にゃあっ」
「猫が喜んだらどうだと言うんだ？！」
「だって、あのネズミを捕まえたって言えばきっと上も認めてくれますよ。今ネズミやゴキブリで長距離列車は軒並み頭痛めてるんですから。偉いな、お前」
偉いのかな？ でも猫がネズミ獲るのは、自分の食べるもの確保するために必要なことで、人間から餌もらってる僕でもそういうことするのはえぇっと……マンカスが言ってたんだけど何だっけ？
あ、思い出した。そうそう、野生の本能ってやつなんだから。当たり前なんだって聞いたけどな。猫なら誰だって出来ることだって…人間ってこんな大きなすごいもの作れるのに何でネズミやゴキブリなんか捕まえられないんだろうね？
「おいで、スキンブル」
車掌さんが僕に声をかけて手を差し出した。わあい。これやられたら寄って行くしかないと思わない？
僕は車掌さんの腕によじ登った。よじよじ。
「コラコラ……ほんとに物怖じしない奴だなあ」
「あー、良いなーなんでそんな懐かれてるんですか？」
「いや、こいつはなんかとりあえず誰にでもこうらしいんですけど…」
「良いなーいいなー。僕も抱かせて下さいよー」
若い客室係さんはそう言って手を出す。わーい遊んで遊んで。僕はそっちの腕に飛び移った。腕から頭によじ上って、帽子に顎を乗せてみたりして。うん良い感じ。にゃ。
「おお。すごく可愛いぞスキンブル」
「わぁ……ほんとに人なつこい子ですねぇ。可愛いなあ」
「お前ら…何を和んでるんだ？！ 猫と遊んでる場合か？！」
「ジョンソンさんもどうぞ抱っこしてあげて下さいよー。可愛いですよーこの子。僕、子どものころ飼ってた奴がこんな模様だったんですよ。懐かしいなあ」
「……………」
若い客室係さんと車掌さんは、ふたりして僕を撫でたり抱っこしたりして大喜びしてる。わーい。
「とにかく、その猫を放すな。どこかの箱に詰めとこう。乗り込んだ駅が分かったんなら下りの時にそこで放すまで閉じこめるんだ」
「えー」
「そんな可哀想ですよ」
「にゃあああ〜」
やだよう。もっと外の街明かりとか見たいもん。
「可哀想で済むか。猫なんかうろついててお客様に迷惑がかかったらどうする。その猫は人なつこいかもしれんが世の中には猫嫌いの人間もいるんだ！」
「みい」
だめ？ やっぱりだめ？
僕が首を傾げてじーっと見つめたら、おじさんはなぜか顔を赤くして目を反らした。
「ジョンソンさん……落ちかけてますね？」
「可愛いですもんね…猫好きなら抵抗できませんよね…」
「だーっ！！ 止めんか！！ 仕方ないだろう、我々はこの列車の乗務員だぞ。いくら可愛い猫でも列車の中で好き勝手に遊ばせるわけにはいかん！」
おじさんは何だか怒っちゃったみたいだった。えーん。怒らないでよぅ。車掌さんと若い客室係さんは、困った顔して顔を見合わせてる。
困ったなぁ。僕、列車に乗ってみたかっただけなのに。人間ってどうしてこう、しちゃだめなことが多いんだろうね。
その時、おじさんの足元で何かが動いた。あ。ゴキブリ。
僕は反射的に車掌さんの腕の中から飛び出すと、そいつに飛びかかった。さっきのネズミよりずっと小さいし、すばしっこさじゃ負けないもんね。えい。
わーいつかまえたー……と思って見上げたら、三人ともなぜか顔を引きつらせた。
「スキンブル…」
「ほ…ほんとに上手いな狩り」
「あ、あのねお前が狩り上手いのはよく解ったから、とりあえずそのゴキブリ見せないで」
うにゃ？
「頼むから…ゴキブリの死体なんかアップで見たくないっ」
何で人間ってゴキブリなんか苦手なんだろう？ 駅長さんの奥さんも、おうちでゴキブリがでる度にきゃーきゃー悲鳴あげるんだよ。ゴキブリなんか別に噛みも引っ掻きもしないのにね。……
ふと車掌さんが言った。
「あのですね。とりあえず、今日ならお客さんはもうほとんど寝てますよ。個室へ入ったりしないように言い聞かせれば、歩き回らせても大丈夫ですよ。ついでにネズミとか獲ってもらったらどうでしょう」
「それ、いいです。この子ほんとにネズミ取り上手いですから。実績があれば文句は言いにくいでしょう」
若い客室係さんは、共犯者の顔で言った。おじさんはゴキブリから目を反らしながら呟く。
「しかしだな…まだ起きている客もいるんだぞ。もし見つかったらどうするんだ？」
「……寝ぼけたと思ってもらうというのはどうでしょう」
「……………お前を閉じこめるぞ」
「ああっ！！ そんな！！」
「閉じこめるのは可哀想ですよねぇ。……じゃあ、僕が車掌室に入れときます。あの中で遊ばせておけばいいでしょう？」
「ネズミはどうするんですか？ それにずるいですよ、ひとりで遊ぶなんて」
「それは忘れろ。何を考えてるんだ勤務中に」
何だか相談がまとまりそうな気配。
でも……
僕は素早く三人の足元をすり抜けて逃げ出した。
今来た方……列車の後ろの方へ。だって、もっと列車の中の探検してみたいもん。ひとつの部屋に閉じこめられるなんて絶対やだからね！！……こうして、夜行列車の追いかけっこは再び始まった。
６．モーニングティーは薄め？夜行列車は走り続ける。
どこで止まるのかなんて知らないけど、走り続ける列車の揺れが僕はすごく気に入ったから、ずっと走っててもいいな、なんて逃げながら思ってたよ。
二等客車は静まりかえってる。たぶん、起きてる人はひとりもいないみたいだった。おじさん達はネズミやゴキブリが大変だって言ってたけど、このへんにはいないみたいだね。シーンとしてる。
人間は僕たちみたいに足音を立てずに歩くってのができないんだよね。裸足でも出来ないのにあのよけいにうるさい音のする靴ってもの履くの止めたらいいと思うんだけど……まあそれはともかく。
さっきと同じで人間達は早く走れないから、追いかけっこは僕の楽勝だった。でも考えてみれば、あれだけ怒ってたのに絶対声を上げないおじさんって偉いのかな。
二等客車を通り抜け、ドアの下をくぐって三等客車へ。
ここももう明かりは消えてた。見える光は窓からの街明かりと足元に所々ついてる小さな明かりだけ。でも、何だかがさがさ音がする！
ネズミがいるのかな？ 人間にとってはきっと真っ暗に近いんだろうけど、僕は猫だから平気。これだけ光があれば十分見える。
やっぱり勝手に乗ってるわけだから、ネズミがいたら捕まえるくらいの協力はしようと思って、僕は物音の主を捜そうとした。
……ネズミの匂いはしなかった。列車の中っていろんな匂いが入り混じってるんだけど、ネズミの匂いが混ざってたら普通分かるよね。
がさがさ言う音はネズミが立ててるんじゃないのかな？ それに、音は上の方から聞こえて来るみたい。三等客車は、真ん中に狭い通路があってその両側に客席がふたつずつ並んでいる。猫の目の位置は低いから上の方はよく見えないんだけど……何の音かな？
足音を殺してそーっと歩いていく。どんな小さい音も聞き逃さないようにね。僕、耳はいいって自信あるけど、列車の中ってずーっとごとごと揺れて音がしてるから、小さな音だと良く聞こえなかったりするの。
あれ？
前の方に人間がいるよ。若い男の人かな？ 人間にとっては何にも見えないくらい暗いのに、通路に立って何か探してるみたい。変なの、どうして明かりをつけないんだろう…？ ああ、あのね、客車の明かりが消されちゃっても、それぞれの席に小さいランプがついてて灯せるようになってるんだ。さっき通ったときまだ起きてる人がいたから知ってるもんね。
だから、捜し物をするなら手元の明かりをつければいいのに、変でしょ？ その人は真っ暗な中で何か探してたわけ。がさがさ言う音はその音だったんだよ。
なにしてるのかなーって思った僕は、こっそりそばへ寄ってみることにしたんだ。
……？
ますますおかしなことに気がついちゃった。
その人が捜し物をしてるのって……誰か他の人が座ってる席だよ？ なんであんなとこで捜し物？ その席に座ってる人はぐっすり眠ってるみたいで何も言ってないんだけど……おかしいよね、これって？
そーっとそーっと、抜き足差し足でそばへ寄って行く。足音殺すのは得意中の得意だけど、隠れようとしてる時って気になるんだよね……。
僕はその人の足元まで忍び寄った。その人は僕には全然気付いてないみたい。それを良いことに僕はこっそり座席の背もたれに裏側からよじ登った。
にゃにゃにゃ？ すっごく変！！
その人はね、寝てる人の足下に置いてある大きな鞄を開けて、その中を探ってるんだ。何でこんなことしてるの？ 変だよね、だってその鞄ってその人のじゃないんだよ？ 勝手に開けたりしちゃって良いの？
「にゃ？」
何だかよく分からなくって、僕は思わず声を上げちゃった。その人はものすごくびっくりしたように顔を上げた。
「なっ……何だ？！」
びっくりしすぎたらしく、その人は後ろによろけて転びそうになった。
鞄が倒れて、がたがたって結構大きな音がした。あ、だめなんだよ。みんな寝てるのに、大きな音立てたりしたらえーっと…あ、そうだ思い出した。はためいわくって言うんだよね……うん、はた迷惑なんだからね。
「……ぅん？」
あ、ほら。大きな音だすから、寝てた人が目を覚ましちゃったじゃない。だめだよー。人に迷惑かけちゃいけませんって、僕だってマンカストラップとかジェニーおばさんとかオールド・デュトロノミーとかに教えてもらったから知ってるんだからね。
「なっ……何だお前は？ 泥棒！！」
起きたおじさんは僕に気付かず、若い人を指さして大声を上げた。
え？ 泥棒？
えーっとそれって、他の人のものを勝手に盗っちゃうことだよね？ それって悪いことなんだよね？ あ。そう言えばタガーそれよくやってるよね。悪いんだ。こないだ僕のごはん盗ったでしょ？ 返してよね。
それはともかく、じゃあこの若い男の人、悪い人なんだね？ ネズミじゃないけど、じゃあ捕まえなきゃだよね、うん。
「にゃーっっ」
僕は一声鳴くと泥棒に飛びかかった。何か持ってる手に飛びついて引っ掻いてみる。
「うわぁあっ！！」
泥棒は悲鳴を上げて手に持ったもの（後で聞いたんだけど寝てたおじさんのお財布だったんだって。お財布って言うのは人間がいろんなものととりかえっこするお金ってものを入れとくためのものだって）を取り落とす。
あーもう、だから大きな声出したらだめだってば。えーとね、公共の場では周りの人のこと考えて行動しなきゃだめだってマンカスが言ってたんだからね。大きな声出して自分勝手に騒ぐのは一番やっちゃいけないんだから。分かってるタガー？
え？ お前も騒いでる？ うー……僕は子どもだからまだ良いの。……だめ？ …やっぱりだめかな？ ……ごめんなさい。
確かに、あの時は周りの人たち起こしちゃったの。だけどそれで泥棒捕まったんだよ。周りの人が騒いだから車掌さん達もすぐ来られたし……まあ僕を追いかけてたからすぐ近くにいたんだけどね。それに、僕も見つかっちゃった。
うーん…やっぱり騒いじゃだめなんだね。反省します。
僕は泥棒と一緒に客室係のおじさんに捕まって、車掌室に連れて行かれちゃった。「もしもし、こちらはナイト・メイル号ですが……はい。実はですね先ほど車内で窃盗の現行犯を逮捕いたしましたので、そちらの駅で引き渡しを…はい、よろしくお願いいたします。運行はダイヤ通りですので到着時間は…はい、私は車掌の…」
車掌さんがなんだかよく分からない黒い箱にくっついたラッパみたいなものに向かってしゃべってる。誰と話してるんだろ？ 人間ってほんと、よくわかんないことするよね…。
「ええ。それがですね、列車に無賃乗車してた猫のお手柄なんですよ。いきなり飛びかかられたらしくてかなり驚いたみたいでしたからね。え？ ああ、…駅で可愛がられてる猫なんです。列車好きらしくて、よく見物してたんですけどとうとうこっそり乗り込んで……猫の供述書取るわけに行かない？ 証拠にならない？ 被害者が証言しますよ。ええちゃんと話は付けてありますから。他にも被害が見つかりましたし。他の乗客の持ち物でなくなったものがあって、ええ、それも持ってたんで……ところで猫お好きですか？ すごく可愛い猫なんですけど。茶トラで小さくて。ネズミ取りも上手いんですよ」
僕のこと言ってるのかな？ でも誰に向かって言ってるんだろ？ あの箱の中に誰かいるの？ でもあんなとこに人間入れないよね？ ちっちゃいもん。
「ほんとにお手柄だったんですよー。新聞に流したら面白い記事になるんじゃないですかね。なんたって可愛い猫だし。きっとウケますよ……分かりましたよ。だって夜行列車の見回りって結構ヒマでたまにはこういうことでもないと……はいはい。じゃあとりあえず警察に連絡しといて下さいね。……でも、せっかくだから猫撫でてみません？ え？ 動物は苦手だ？ もったいないなあ可愛いのに…すごく人なつこい子なんですよ、だめですか？」
車掌さん、何だか楽しそうにしゃべってるよね…。
でも僕、何だか誉められてるみたい。おてがらだって言ってたし。ひょっとしたら怒られずに済むかな？
それにしても、やっぱり捕まっちゃったなあ…どうしようかな。
もう僕のことお客さんのほとんどが知ってるし、客車に行ったらやっぱり騒ぎになっちゃうよね。それってよくないし……さっきのおじさんはありがとうって言ってくれたけど、猫がいるってだけで怒る人だってきっといるんだろうしね。
考えてみれば変だよね。
猫にだっていろんなのがいるのに何で人間はみーんないっしょにして好きとか嫌いとか言うんだろう？ だって、好きって言う人はマンカスとタガーの両方好きだってことなんだよ。性格だって見た目だってぜーんぜん違うのにさ。人間だったらあの人は好きだけどあの人は嫌いとかきっとあるだろうにね。
僕、猫も人間も嫌いなひとはあんまりいないけど、少なくとも会ったこともない人間みんなに向かって好きとか嫌いとかって決めちゃうのはわかんないな。あ、タガーは人間嫌いって言ってるよね？ まあ、人間嫌いだって言う猫は珍しくはないのかな。どういうもんなんだろ？ あれ？ でも飼い猫でそういうのってやっぱり少ないんじゃない？ まあいいけど。
なんて考えながら車掌室の中を見てたら（何だかどう見ても列車と関係なさそうな本とか置いてあるの。だって何とか殺人事件って書いてあったし…どんなお話なんだろ？）、車掌さんが話しかけてきた。
「おいスキンブル。お手柄だったな」
「うにゃ？」
「お前、泥棒捕まえたんだぞ？ ネズミだけじゃなく。犬なら警察犬って奴がいるけど、猫じゃ珍しいぞ」
そうなのかな？ でも、犬が出来ること何だったら別に猫がやったって良いじゃない。どうして猫はやらないの？
「犬好きの奴に言わせりゃ、猫なんて何の役にも立たないってんだけどな。そんなことないって今度そいつに会ったら言ってやるよ。猫は犬みたいに人間の言うことヘイコラ聞かないけど、うんと賢くて何でも出来るんだってな」
そんなの当たり前だよ。猫は犬よりずーっと誇り高くて自由で賢いんだから。人間の役に立とうなんて考えないだけだよ。人間に可愛がられることより自分のあるべき姿を求めることの方が大事なんだ。だから僕はそうしてるんだよ。
猫がすることは、みんな自分の存在のためなんだよ。人間の為じゃない。結果が人間の役に立って誉められたって、そのためにやってることじゃないんだ。そうでしょう？
おうちで可愛がってくれる駅長さんも奥さんもお嬢さんも大好きだけど、でも僕は外で遊ぶのが好き。列車が好き。だから自分で家を出たし、列車にも乗り込んだんだよ。猫はそういう生き物なんだから。
もちろん人間に撫でられるのが何より好きって猫もいるだろうけどね。タガーなんかが聞いたら信じられないって言うだろうけど、それだってその猫の自由なんだ。人間に飼われようが野良だろうが、何より大事な自由と誇りをいつだって保つのが猫なんだよ。これってすごく大事なことなのに、分かってない人間って多いみたいだけどね。
「次に止まる駅であの泥棒は警察に引き渡すけど、お前のこと、お巡りさんに話してやるよ。きっと面白がるぞ。鉄道猫、お手柄とかって新聞に載るかもな」
新聞ってなんだろう……って思う前に、僕は「鉄道猫」って言葉に引きつけられた。え？ ああ、しんぶんって言うのは人間達が世の中の出来事を知るために読むものなんだって。そういえば駅長さんがおうちで大きな紙がいっぱい重なったものを読んでるの、見たことあるよ。それが新聞なんだって。
そんなことより。
鉄道猫。
僕が？
車掌さんは何の気無しに言ったことかもしれないけど、僕はその言葉にすごくどきどきしたんだ。僕は鉄道と列車が大好きだ。だから乗ってるんだ。それを認められたような気がしたんだ。
「やめなさい。話がややこしくなる。別の問題が起こるだろうが」
あれ。客室係のおじさんが入ってきて、車掌さんに言った。なんだか怒ってるのかな？
「えー、なんでですか？ せっかくだから認めてもらいましょうよ。スキンブルも列車に乗りたがってるんですから」
「猫嫌いの乗客もいると言っただろうが！！ 衛生上の問題もあるし！」
「大丈夫ですよ。この子飼い猫だし、ノミなんか飼ってないですよ。そうだろ？」
ノミ？ いないよそんなもの。僕はきれい好きなんだからね。
「そーいう問題じゃないっ！ 列車に乗ってる哺乳類は人類以外はネズミだけで十分だ。その上迷惑だ！」
「猫はネズミ獲りますよ。少なくともこの子は上手です。それにですね、僕、知ってるんです」
「何を？」
「……うちの社長は猫好きです」
「は？」
「社長室には飼い猫の写真が大きな額縁に入れて飾ってあるんです。それも５、６枚。その上時々連れてきて撫でてたりもするそうです。これは伝聞ですが、社長室の写真は本当です。採用面接のとき見ました」
「………………」
「たとえ上層部が渋っても、こいつを連れていって一声可愛くにゃあとか鳴かせれば一発で落ちます。保証します！」
「にゃあ」
「…………………………………………」
僕が鳴いてみたら、おじさんはますます渋い顔で黙り込んでしまった。
「どっちにしても今ここで放り出すわけには行かないでしょ？ 飼い主分かってるんだしここで保護しときますから。これから見回りに連れていこうかなっと」
「やめろと言ってるだろうが！」
＜続く＞
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