７．スキンブルシャンクス、鉄道キャット
「みてみてみてみてみてー！！」
あれ？ あれあれあれ〜？！ きゃ〜〜。ころころころどすん。
勢いつきすぎて転がってタイヤにぶつかっちゃった。痛いよう。
「スキンブル……大丈夫か？」
マンカストラップが心配そうに覗き込んでる。
「えへへ……だいじょーぶ」
「なら良いけど…お前ちょっとは落ち着きというものを身につけなさいね」
「にゃはは〜。スキンブルらしい〜」
笑われちゃった。ぶう。
「ははははははは。慌てすぎてころころ転がる奴なんて初めて見たぜ。お前ってほんと面白いヤツな」
タガーにまで笑われた〜。ぶぅう。
「で、何があったんだ？ 何を見てって？」
マンカスは優しく聞いてくれた。やっぱりマンカス優しいから大好き〜。
「あのね、あのね、こっち来て！ すごいのすごいの！」
これは見てもらわなきゃだもんね。すごいんだからね。
「なに？」
「とにかく来てこっちこっち！ ほんとにすごいんだからね！」
「何なんだよお前はいきなり…お前って３日に一回はそーいうこと言ってくるだろ。お前のすごい〜はいーかげん聞き飽きたぞ」
タガーうるさい。無視してやる。
「タガー。そういうことを言うのはやめなさいっていつも言ってるだろう」
マンカスが僕の味方してくれたもんね。
「そうだよー。タガー見たくないなら来なきゃいいじゃない」
「うるせーヤツだなお前はガキのくせに生意気なことばっか言いやがって」
「…って言いながらなんでついてくるの」
「いーじゃん別に」
……ひねくれものー。「ほら、こっちだよ〜」
「おいスキンブル、ここどこだよ…」
みんななんだか落ち着かないみたい。まあ、ここはみんな来ないところだもんね。
「僕の働いてる駅だよ〜。ここから列車が出るの〜。こっちにすごいものがあるの〜」
「え？ ……お前、列車に乗ってるってマジだったのか？」
あ、タガー疑ってたんだ。ひどいなあ。ほんとに決まってるじゃない！
「タガーってばひどいなー。僕ちゃんとお仕事してるんだからね。新聞にも載ったんだからね〜」
「はあ？」
「貼ってあるよ駅に。なんて書いてあるのかは字がちっちゃくて読めないけど僕の写真も載ってるの。結構可愛いんだからね」
「……しゃしんってなんだよ」
「写真って言うのはねー、僕の恰好とそっくりの絵みたいなの。見たら分かるよ。僕がもうひとりいるみたいなの」
「へえ」
そんなこと言ってたらもう駅の中。周りの人間達が僕たちを指さして「あ〜。かわいい〜」なんて言ってる。
「なんだよこいつら」
「駅なんだから人間いっぱいいるの当たり前じゃない。みんな優しくしてくれる人たちだよ」
「はぁ〜？」
タガーはなんか嫌そう。なんでそんなに嫌がるかな〜。
「良いからこっちこっち。ほら、そこの壁見て！」
「え？」
「え〜？ これスキンブル？」
「そう！！ すごいでしょ！！」
壁に、すっごく大きな僕の写真が三枚、並べて貼ってある。ほんとの僕より大きいんだけどね。
一枚目は、僕が夜行列車の窓から外を眺めてる写真。自慢の長いしっぽが揺れてるのが自分でも可愛いと思うの。重ねて書いてある人間の文字は、「猫のいる、鉄道の旅。」僕ね、随分字が読めるようになったんだよ。
その隣の二枚目は、僕が廊下を歩いてるところ。見回り中の写真だね。車掌さんが横に立ってるの。脚しか写ってないけど。文字は、「寝台車には猫がいる。」
三枚目は黒いチョッキ着た僕が列車の座席の上に座って顔を洗ってるところ。このポーズが人間には「おいで」ってやってるように見えるんだって。文字は、「夜行列車で、お待ちしています。」
ついでにその横に僕が泥棒捕まえたことが書いてある新聞記事。「鉄道猫、お手柄」「かわいい仔猫の大活躍」なんて書いてあるんだって。えっへん。
……どうもこの「鉄道猫」って言葉、定着しちゃったらしくて、最近人間達がみんな僕のことこう呼ぶんだよ。まあ、僕もすごーく気に入ったから良いんだけどね。
かっこいいでしょ？ レイルウェイ・キャット、なんてさ。
「へ〜、ポスターになったのか」
「そう！！」
週に二回、月曜日と木曜日の午後１１時４２分発車の北行き夜行列車・ナイトメイル号に、僕は乗ることになったんだ。
あの車掌さん達と一緒だよ。客室係のおじさんは無理だって言ってたけど、社長さん（よくわかんないけど偉い人らしいの）って人が大喜びしちゃったのと車掌さん達がネズミの害について思いっきりおおげさに説明したおかげで、大して揉めることもなく決まっちゃったらしい。
「こうなったら猫がいることを宣伝材料にして客を呼ぼう」ってことで、僕は列車の中でお仕事中のところを写真に撮られたわけ。
ね、すごいでしょ？
「すごいなースキンブル。すっごくかわいいぞこの写真」
「へー、いいなー」
「えっへん。すごいでしょー」
「うん、すごいすごいー」
えへへ〜。ほめられちゃった♪
「なんなんだこれ…人間のやることってわかんねぇ……」
ふーんだ。タガーのひねくれものー。いいや。ほっとこっと。
「きゃ〜！！ 猫がいるわよ〜！」
急に女の人たちの大きな声がした。
「すごーいいっぱい！」
「かっわいい〜！！」
「え…、あの茶色い猫ってあのポスターの猫じゃない？！」
「あ、ほんとだ！ すっごーい、じゃああの子がスキンブル？」
「きゃ〜本物〜！！」
「え〜、この周りにいる子達ってお友達なの？」
若い女の人たちのグループが、僕たちを囲んでる。
タガーは気付いた瞬間、すごい勢いで駅の外へ逃げて行った。……速いんだね。こういうときだけ。
「にゃ〜。にゃにゃにゃ」
「うっそーすっごいかわいい〜！！」
わーい。抱っこされちゃった。
「いいな〜。こんな子の乗ってる夜行列車、乗ってみたいよね〜」
「ねー」
「あ、こっちのアメショー美形よ。ほら、すっごい美人」
「あ、ほんと。ねえ、こっちのブチの子も可愛いよ〜」
マンカスとアロンゾが捕まってる。他のみんなも撫でられまくってる。
「お客様、どうなさいましたか？」
後ろから男の人の声。あ、駅長さんだあ！
「おや、スキンブル。お友達を連れてきたのか？」
「あ、やっぱりこの子がスキンブルなんですか？」
「ああ、そうですよ。気に入ってくれました？」
「すっごい可愛いですよね！！ この駅によくいるんですか？」
「ああ。いつもは夜に来てるし友達まではいないけど。今日はひょっとしたらこのポスターを見せに来たのかな？」
「そうなんですか〜？」
「かわいい〜かしこい〜」
女の人たちは嬉しそうに聞いてる。みんな猫好きなんだぁ。
「お〜いスキンブル。俺達、逃げるからな〜」
アロンゾが言った。え、帰っちゃうの？
「いや、ここはお前のなわばりだろ、うん」
「そんなの別にいいよ〜。遊んでいこうよ〜」
「…ここまで人間と遊びたくねーよ……お前の人間好きってそこまで行くとちょっとアレだぞ。タガーじゃなくても呆れるって」
そうなのかな〜？ まあ、みんなもみくちゃにされて疲れてるみたいだけど。
「そう？ ……じゃあ、いつものとこ戻ってて。僕後で行くから」
「ああ…」
「あーっ！！ 猫ちゃんたち逃げちゃうー！！」
女の人たちは悲鳴を上げたけど、みんなはアロンゾを先頭にさっさと逃げ出した。
一番後ろにいたマンカスが、ちょっと振り向いて言った。
「スキンブル、お前本当にすごいな。こんなこと出来る猫はお前だけだよ」
「ほんと？ 僕だけ？」
「ああ。お前はすごいよ。世界にひとりしかいない、鉄道猫だ」
「うんっ！！」
マンカストラップはそう言うとみんなが出て行った窓に消えた。そうだよ。僕はそう言って欲しかったんだ。
鉄道猫スキンブルシャンクス。それがジェリクル・キャットである僕の誇り。
猫は誰だって、その猫にしかない「何か」を持っているんだって。それが「ジェリクル」。僕たちはみんな特別で、それはとっても尊いことなんだって、これはオールド・デュトロノミーの受け売りだけど。「猫ちゃん、また遊びに来てねー！」
女の人たちはマンカスを見送ってから、ひとり残った僕をなでなでする。わーい気持ちいい。
「にゃ〜」
「あ〜、この子ほんとにかわい〜」
「こいつはものすごく人なつっこいんですよ。昼間でもたまに遊びに来ますし、可愛がってやって下さい。……でも、あんまり騒がないようにね」
「はーい」
「ごめんなさーい」
………これが、僕が自分の「ジェリクル」を見つけたときのお話。
駅に来るお客さん達、一緒に遊ぼうね。僕は鉄道猫、鉄道のお客さんと遊ぶのもお仕事のうち。スキンブルシャンクスは、夜行列車でお待ちしてます。
…なーんて、ね。
８．
・・・・・And,
He gives you a wave of his long brown tail
Which sais " I'll see you again !
You'll meet without fail on the midnight rail
The cat of the railway train."
SKIMBLESHANKS THE RAILWAY CAT
THE CAT OF THE RAILWAY TRAIN.
＜了＞
≪あとがき≫
はい。どーしても書いてみたかったスキンブルネタ。彼が初めて列車に乗ったときのお話です。
一番苦労したのは、生まれて初めて外に出たスキンブルの気持ちのところでしょうか？ それまで外に出たことのない家猫だったら、外の世界をどういう風に感じるものか、けっこう悩みました。列車を見たときや、乗ったときもそう。猫の視線からちゃんと書けてるかどうか。
しかしこのスキンブル、幸せのかたまりのようなヤツですな。なんの悩みもなさそう。やりたいことやって、それが全部認められて、もう人生（猫生か）バラ色って感じですか。ミストで暗くしてしまった反動のように、ひたすら幸せなスキンブルの話にしてしまいました。
お楽しみいただけたなら嬉しいです。
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