夢を見た夢
０．
ここ、どこ？
（ここは・・・・・・・・・）
なんであたし、ここにいるんだっけ？
（(君は・・・・・・・・・）
でも、素敵な場所。哀しいことも苦しいこともいっぱいあるけど・・・・
（ここはね・・・・・・・・・）
ああ、なんて、
（なんて・・・・・・・・・）
なんて、綺麗な、・・・・・
・・・・・・・・・・・・光
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
１．
ジリリリリリリリ……
あー、うるさい…
「起きなさい！！ あんたねえ、毎朝毎朝同じことを何度言わせるの？！」
「あー……あと５分…」
「寝ぼけるんじゃない！！ 遅刻するわよ！！ さっさと起きなさーい！！」
「うー……」
あたしは呻きながら起き上がった。振り下ろす手に全ての恨みを込めて、思いっきり目覚まし時計に叩きつける。買ってもらったばかりの時計だけど、毎朝これをやってたら近いうちに壊れるわね。すまん。
現在、午前７時。ああ神様、何故人は朝になったら起きなければならないのでしょう。
どうせ生まれるなら猫か何かに生まれたかったわ。だったら、いくら寝ても誰からも文句なんか言われないのになぁ…。
「…せっかく良い夢見てたのにぃ……安眠妨害は万死に値する罪だわよ…」
「何を馬鹿なこと言ってるの。永遠に夢見てるつもり？ さっさと着替えて朝ごはん食べなさい。全く、学校行く準備はちゃんと出来てるんでしょうね？」
お母さんはそう言ってさっさと出て行ってしまった。くそ、母は強い。毎朝同じやりとりをしているせいかもしれないけど。
「しゃあない、起きますか」
自分で自分に気合いを入れるために、一番お気に入りの服をタンスから引っぱり出して着替える。
それにしても、さっきまで見てた夢……すごく良い夢だったと思うんだけど、内容は憶えてない。まあ、よくあることだけどね。
「おはよー」
「ん、おはよう」
「おはよ」
「さっさと食べなさいよ」
ダイニングキッチンでは、お父さんとお姉ちゃんがテーブルについていた。お母さんはひとりだけ先に食べたんだろう。
テーブルの上には目玉焼きにトマトとレタスのサラダ。きつね色になったトースト、マーガリンにイチゴジャム、ミルクにコーヒー、ヨーグルトにはちみつ。いつも通りの、朝の光景。
「なんか、すっごく長い夢を見たような気がする…」
「へえ、どんな夢？」
トーストをかじりながら呟いたら、お姉ちゃんが聞いてきた。
「んー、なんかよく憶えてないんだけど、怖かったり楽しかったり哀しかったりすごく綺麗だったりいろいろあって…あ、そうだ」
ひとつ、思い出した。すごく大事なこと。
「すっごく大事な、友達がいたのよ。名前とかは憶えてないんだけど、その子に頼まれてあたし…どうしたんだっけ？」
「何よ、結局憶えてないの？」
「あー、思い出せないよー。なんか、すごく良いことだったような気がするんだけど…」
「分かったから、今ここで思い出す努力をする前に食べなさいね。あんた、本当に遅刻するわよ」
非情な母上の声。食卓において、この声に逆らうことは死を意味する。……ふん、言われんでも食べるわい。残してなるものか。美味しいじゃないのよ、目玉焼き。黄身の半熟加減が絶妙で…。
「ふ〜む」
お父さんはあたし達の会話を聞いてたのか聞いてなかったのか、ひとりで新聞を読みながら唸っていた。いつも思うんだけど、新聞って面白い？ 毎朝、あんな真剣な顔して読むほどのものなのかね。大人って、分かんないわ。
「どうかしたの？」
「何か面白いニュースでもある？」
そうは思っても、一応このように反応してあげるのが娘としての義務というものです。これが家庭円満のコツよ。
「…いや、この記事の女の子って、お前と同い年じゃないか？ どうも、こういう記事を読むとやりきれないな」
だったら読まなきゃいいじゃん…とは言わない。ああ、あたしって良い子。
「どうしたのー？」
「３日前に、女の子をひき逃げしたトラックの運転手が捕まったそうだ」
「あー、あれね。テレビでもずいぶん言ってたわよね」
「ひどい話よねえ。その子、母ひとり子ひとりの母子家庭の子だったんでしょう？ ニュースでも出てたけど、あのお母さん泣き叫んでたものね」
お母さんまで話に加わってきた。
でも、その話ならあたしも知ってる。小学生の女の子が、信号無視のトラックにひき逃げされて死んだってニュースね。それほど遠くでのことでもなかったもんだから学校でも大騒ぎで、校長先生がわざわざ朝礼に出て来て気を付けるようにって延々言ってたもの。でも実を言うと、信号無視して突っ込んでくるようなトラックに、何をどう気を付けろっつーんだ…っていうのが素直な感想だったりします。そりゃ、死んじゃった子はすごく可哀想だけどさ。
そうか、あたしと同い年かぁ……歳が一緒って聞くと、なんだか急に身近な気がしてくるのね。やっぱり死にたくなかったよね、当たり前か。あたしだって、この歳で死ぬなんて絶対イヤだもん。
「ついうとうとして、気が付いたら赤信号に突っ込んでいたんだと。人をはねたらしいのを知って動転して逃げてしまったそうだが……まあ、大事な子どもに死なれた方はたまったもんじゃないだろうな」
「そうよねえ」
「子どもや赤ちゃんが死ぬ話なんて、アフリカとか戦争してる国とかじゃ珍しくもないけど、やっぱり身近にこういう話聞くと、知らない人のことでも辛いよね」
「そうだよね」
思わず、家族でしんみりしてしまいました。こういう話するのも、たまには悪くないわよね、なんて思ったりして…って、遅刻するよ、ほんとに！！
あたしは大急ぎで目玉焼きとサラダをミルクで流し込み（ああ、もったいない）、ランドセルを背負って駆けだした。…ふふん、用意はちゃんと夕べのうちにしてあるのよ。あたしのあとから、お姉ちゃんも中学校の通学鞄を持って出てくる。
ああ、せっかく良い話で盛り上がった（って言うのとはちょっと違うか？）てのに、結局いつもと同じだよ。朝にゆっくりと家族で語り合えないなんて、やっぱり学校制度ってのはどうかと思うね。うちの場合、お父さんの帰りがけっこう遅いことが多いから、一日に家族全員が顔を合わせるのは朝ごはんの時だけ、なんて日、珍しくないんだもん。
って、それは別に学校制度のせいじゃないか、ちっ。……まあ、これはサボりたい小学生のグチですね。というわけで、お父様。どうか、これからまだまだ金の掛かる娘ふたり残して、過労死などなさらないで下さいませ。ああ、あたしって親孝行な娘…。
「行ってきまーす！！」
「行ってらっしゃい。ふたりとも、気を付けるのよ」
後ろから、お母さんの声が追いかけてきた。
２．
「うーん、どんな夢だったかなぁ…」
「何、さっき言ってた夢の話？ あんたまだ考えてたの？」
「だって、今にも思い出せそうなのに思い出せないのって、気持ち悪いじゃない。あー、もうここまで来てるのにー」
「考えながら歩いて、交通事故に遭わないでね」
あう。お姉ちゃんもけっこう本気で心配してたのね。
「遭わないわよ、そうそうぼんやりしてないってば」
「ぼんやりはしてなくても、歩きながらふざけて車道に出たりするでしょ、あんたの場合」
うっ…さすがは姉。妹を知り尽くしております。
……ん？
「あ、でも、交通事故って…なんか夢に関係あったような気がする」
「はあ？ 良い夢だったんでしょ？ なんで交通事故なんか関係してくるの」
「分かんないけど、なんか関係あったような気がするー……なんでだろ、交通事故で死んだ人でも出て来たっけ？」
「知らないわよ。どういう夢なのよ、それ」
お姉ちゃん、呆れ顔。まあ、無理ないか。
でも、ほんとに何なんだろ、これ……。
「まあ、交通事故って言ってもねー。あの記事みたいなのだったらほんと泣くしかないけど、あのときみたいなのだったら…」
「あのときみたいなのって？」
「あ、あんた憶えてない？ もう４・・・５年前だから、あんたがまだ小学校上がる前か。じゃあ無理ないかな、あの頃はけっこう大騒ぎだったけど」
「何があったの？」
「あのね、隣街の海岸通で、夜中に暴走族のバイクが向かいから来た車と正面衝突したんだわ。最初の一台がぶつかって、後ろのがダンゴになって転がったらしくて、確か、５人くらい死んだんじゃなかったかな。中のひとりなんか、もう元の顔も分からないくらいグチャグチャのバラバラになっちゃって、そりゃもうすごかったらしいわよー」
「…お姉ちゃん、それ、笑えないよ……」
想像したくない。怖いって・・・・
「笑えないけどさあ。でも、これくらい馬鹿な死に方なら、なんて言うかまだ爽やかじゃない。なんか最近ろくなニュースがないもんね、１年くらい前にほら、過労死直前にリストラされて亡くなっても何の補償もなかったとか、聞くだに悲惨な話題が…」
……あたしにはそういう話はよく分かんないんですけど。でも、お父さんのこと考えたら他人事じゃないのかもね。
「あたしの友達もねー、なんか知り合いの親戚の人が自殺したんだって。もうけっこう前だけど…。小さいときから秀才で通ってて、東大目指して猛勉強してたんだけど落ちちゃってね。合格発表の日に飛び降り自殺だって。もう身につまされちゃってねー」
うう、暗い話。
…さっきの余韻のせいか、どうにも話題が暗い方へ暗いほうへ行ってる気がする。何だって朝から姉妹でこんな話をせにゃならんのよ。
でも、お姉ちゃんはあたしと違って（正真正銘謙遜じゃないところが、しみじみと哀しいわね）勉強できるもんね。そういうの、分かるんだろうか？ まだ小学生で特に秀才でもないあたしにとっては、東大なんて雲の上って言うか、別世界って言うか、異次元って言うか。何にせよ実感無さ過ぎて、それで死のうなんて気持ち全然分からないんだけど。そんな頭いい人には、それなりの苦労があるのかね。
「…ねえ、そうやって死んじゃった人って、天国へ行けるのかな」
「は？ 天国？ 何を言い出すのよ」
「うん、ちょっと思っちゃったんだけど…生きてるときにすごく辛いことがあって、死んでからも辛かったら可哀想かなって」
「うーん……そうね、宗教によるけど…。仏教だったらあの交通事故の女の子は行けないわよ」
「え、どうして？！ そんな悪いことしてないのに？」
「親より先に死ぬのはそれだけで罪なのよね。賽の河原で石積み…は水子か？ 何にしても、そうして生まれ変わる時を待つんじゃなかったっけ。でね、キリスト教では自殺は確実に地獄行き」
「そうなんだ」
「そ、人間の命は神様から預かったものだから、勝手に捨てるのは重罪なのよ。教会でお葬式出してもらえないって聞いたことあるし。自殺した人や自分を傷つけた人は地獄で木に姿を変えられて、鳥につつかれ続けるの。ちなみに、他人を傷つけた人は血の池地獄」
「けっこう、厳しいのね」
って言うか、あたしはお姉ちゃんの知識に感心しました。なんでそんなこと知ってるのよ。本好きなのは知ってるけど、一体何の本読んだんだ？ 我が姉ながら、ときどきわからん人だね。
「厳しいわよー。キリスト教なんて、何とかしていちゃもんつけて天国へやるまいとしてるんじゃないかってくらい厳しいのよ。でも、ああいうのってどうなんだろうね。『悪い』ことなんてさ、考えようと思えばいくらでもあるわけじゃない。言い出したらキリがないのよ。もしも天国や地獄があるとしたら、どっちへ行くかを決める基準ってもっと単純明快な気がするけどね」
「……てめえのことばっかり考えてると地獄へ落とされるのよ。人のことを考えていたら、光の国へ行けるの…」
「光の国？ あんた、何言ってんの？」
「え？ あ…」
何？ あたし、なんでこんなこと言ったんだろう？
（また、てめえのことばっかり考えてんだろう？）・・・
「光の国……なんであたしこんなこと知ってるの？」
「あたしに訊くんじゃない。あ、でもひょっとしてそれ、あんたの夢に関係ある言葉？」
「夢…そうかも」
「手がかりを思い出せて、良かったわね。じゃ、あたしこっちから行くから、ぼんやりしてないでちゃんと歩きなさいね。事故に遭わなくても遅刻するわよ」
…ああっ、小学生にはそれがありました！！ はっきり言って、交通事故より怖い！
お姉ちゃんはさっさと遠ざかって行く。あたしはとりあえず考えるのを止めて、学校に向かって駆けだした。
＜続く＞
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