５．えぴろーぐ
「おにーたん、ぱうんねつぎのいえでさききめたの！」
「あ……今度はどこ？ 濡れたりしないところだろうな。この間屋根の上なんかに家出するから雨に濡れた上に滑って転がり落ちただろ」
家出から一時間後のことであった。何故か怪我はしなかったのだが。謎だ。
「こんどはおにいちゃんのおへやのべっどのしたなの！ あのね、いろんなごほんがいっぱいはいってるからぱうんぜんぶひっぱりだしておそうじしてあげたの」
「……」
タンブルは何やらいらぬ騒ぎの元になるような予感をひしひしと感じたが、とりあえず黙っていた。
「よータンブル。パウンの馬鹿はまた家出してんのか？」
ラム・タム・タガーがにやにやしながら声をかけてくる。
「またって言わないでくれる？」
「これで何回目だよ。ここんとこ３日に１回やってるんじゃねえの？」
それはつまり、長くても３日で帰って来るという意味である。
「ああああああパウン……なんでよりによってタガーなんか目指すんだよ…」
「……そのなんかってーのはどういう意味だコラ」
タガーが凶悪な声を出したが、タンブルは無視した。
…パウンのおかげで、妙に強くなっているようである。
「今度は家族の部屋の中？ なんだ、この前は庭の樹の下でその前は屋根の上だっただろ？ やっと家から出たのかと思ってたのに」
マンカストラップが言った。
…ちなみに、屋根の上の前は台所だったのだが、完了３０分後にゴキブリを見付けて転がして遊んでいるところを奥さんとお嬢さんに見付かり、悲鳴のデュエットをバックに諸共に放り出された。今のところの最短記録である。
「マンカス……最近なんか言うこと無責任じゃない？」
「いや、家から出たとなると危険も増えるからな。気を付けなきゃならないと思ってたんだが」
責任感があるのかないのか。リーダーの言葉にタンブルは溜め息をついた。
「……家の中だけど…あの部屋、整理整頓って概念が欠落してて混沌状態だから…ある意味外より危険なんだけど」
怪しげな写真が満載された雑誌に埋もれないように気を付けるよう、よく言い聞かせておかなければ。家出マスターへの道は遠く険しい。
パウンの「家出」は既に（「元から」という説の方が有力だが）目的を見失って趣味と化していた。あちこち行ってみてはすぐ帰って来るというのを繰り返しているのだ。最早誰も気にしていない。
「そのうち飽きると思うけど…『とりしゃんになるのー』だけで十分だよ、全く」
「まあ、そんなに心配することはないだろ。色々自分でやってみようとするのは良いことだし」
「心配はしてないけどね、パウンってときどき無茶苦茶するからなあ…」
「大丈夫だって。みんなそうやって自分の道を見つけていくもんだぞ」
「……家出して？」
「いや…それもひとつのやり方というか…ひとそれぞれだし」
「……………マンカス、やっぱり無責任だ…」
リーダーはちょっとだけ信頼を失ったようだ。失っても良いような気もするが。
結局パウンは、その後庭の花壇の裏、庭木のうろの中、屋根裏部屋、納屋、食料品戸棚、といった場所に家出を続け（食料品戸棚は１１分４３秒で発見されてつまみ出され、最短記録を更新した）、最後に床下で埃まみれになってから家出に飽きた。
家出マスターへの道をどうする気なのかは謎だが、結局目が覚めたときに横におにーたんがいないのがいやになったらしい。結構下らない理由であった。
「家出に飽きたってことは…やっぱり『とりしゃん』がパウンのジェリクルなわけ？ あれだけはいつまで経っても飽きないよね」
「うーん・・・まあ、パウンはまだ赤ちゃんなんだし、そのうちね……でも、ジェリクルってそういうもんなの？」
「さあ、知らないけど」
後のミストとタンブルの会話である。なんだか哲学的な方向へ行くような行かないような。
そしてパウンは、その横で憧れの鳥さんを見つめながら、煮干しをかじりつつ飛び跳ねているのだった。
時は秋、日は夕方、カタツムリは枝に這い、神はどうだか知らないがパウンは空に飛び跳ねる。
すべて世はこともなし…であった。
多分。
＜了＞
≪あとがき≫
ぱうんちゃんシリーズ第４弾。やっぱり今回もタイトルは大嘘吐きですわ…。また、予告通り状況は前回からの続きですが、内容は一切関係ありません。
ああ、だんだん変な話になっていく……そしてやっぱり、全然パウンは自立していないのでした。よかった、「自立編」にカッコはてなを付けといて。でも、パウンちゃんってば変なボキャブラリーが増えてきましたな。スキンブル以外にもアホなことを教えている奴ら（主にタガーな気がする）がいると思われます。これは果たして成長というのでしょうか。それにしても、パウンオリキャラ化してるしな…元からだけど。
実はこの話、元ネタがあるんです。
昔読んだ『フランシスのいえで』という絵本で、フランシスという女の子が自分ちの台所のテーブルの下に家出するという話なのですね。ものすごく可愛いのです。ちなみにこのネタを出したのは妹です。責任者は彼女です。……でも、どんどん違ってきた気がする。まあ、元ネタと一緒でも仕方ないですしね。
そもそもパウンが無茶をやってるおかげでタンブルがどんどん兄馬鹿でなくなってきてるような…どんどんクール、と言うか弟に対して冷たくなってきております。多分、良いことなのでしょう。これも成長です。多分。どんなに冷たくあしらわれても決して懲りないパウンもどうかと思いますが。
それにしても、パウンは結局何がしたかったのでしょーか。謎です。ただ単にいつもと違う気分を味わいたかっただけなのか、少なくとも、最初に言ってたことはカーテンの陰に家出した時点できれいに忘れていること確実です。
ラストの詩（？）は有名な英語詩のパロディ（と言えるほど立派なものではない）です。本物は、「時は春、日は朝、カタツムリ枝に這い、神空にしろしめす、すべて世はこともなし」というものです。「カタツムリ」を「蝸牛」と書くと風情が出ますね。イギリスの秋にカタツムリが枝に這っているかどうかは知りませんが（無責任）。この話は舞踏会のちょっと前なのです。で、ジェリクル舞踏会は秋だと思うので。９月か１０月かな？ 春夏は交尾の季節だから呑気にダンスパーティーなんかやってられんだろうし、逆に行き過ぎて冬になっちゃうと英国は寒いですからね。猫がおうちから出てこなくなっちゃいます。そういうわけで秋。
今回、パウンの好物が判明しました。って、勝手に決めたんだけど。普段の食事は魚や肉と仔猫用猫缶を貰っているのですが、日本から輸入（？）された煮干しを気に入っているのでした。カルシウム豊富だしよくかんで食べるので歯や顎にも良いでしょう。子どものおやつにはやはりこういう健康に留意したものが望ましいですね。
あ、ちなみにタンブルとパウンの飼い主は４人家族で、商社勤めの父親と専業主婦の母親、子どもは大学生の息子と高校生の娘の兄妹です。
兄の恩師が実はマンカスの飼い主（『夜の天使たち』にちらっと登場）という裏設定もあったりするんですが、この人が登場する話のネタ（ファンタスティック・ミステリーのつもりだったりする（笑））も実はあるのですが、いつか書けるのかしら……なにせね、思いっきり大まかなストーリーだけは浮かんだんだけど、ディティール（主にミステリーの謎の部分）が全然思いつかなくって話になりゃしねぇ。（←根本的にダメ）
とりあえず、次回予定『パウンちゃんの大冒険』。ただし予定は未定ですのでいつ変わるか分かったもんじゃありません。今度迷惑をかけられるのはマンゴランペコンビ＋バストファさん予定。あくまで予定。もしくは『パウンちゃん月に吼ゆ（嘘）』。乞うご期待（これも嘘）！！
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