パウンシヴァルのいえで 〜ぱうんちゃんシリーズ４．自立（？）編〜
１．ぱうんちゃんけついする
「ぱうん、いえでするもん！」
ある日、ふわふわ仔猫のパウンシヴァルは宣言した。
「家出？ ふーん」
宣言された兄のタンブルブルータスは、極めて冷静に応じた。
「いえでするもんっ。おにーたんがだめっていっても、するもんっ」
「普通、家出っていうのは家族の同意を得てからするもんじゃないと思うけど」
「じゃあ、してもいいの？」
「……そういうことを言ってる時点で、家出じゃないと思う」
「にゃ？ じゃあ、いえでってどうやるの？」
「なんで僕に訊くんだよ」
「だってぱうんしらないもん」
「知らないことをするんじゃありません。今度馬鹿なことしたら、お兄ちゃん本気で怒るからね」
「みゅう〜……」
ひたすら冷静なタンブルの言葉に、パウンはちょっと不満げだった。
…ことの起こりは、一週間ほど前にさかのぼる。
ちょっとした事故（と本猫は主張する）で鉄道猫スキンブルシャンクスの勤務する列車に乗ってしまったパウンは、いつもの調子で遊んだあげくに運転室でいたずらをして、列車を暴走させかけたのだった。
普段は優しい「おにーたん」のタンブルもさすがにこの迷惑ぶりには怒り、パウンは外出禁止一ヶ月を言い渡された。その厳しい処分に対する涙の抗議の結果、その代わりケージに三日間監禁されることになり、かくしてパウンちゃんはお兄ちゃんに対して反抗することを決意したわけである。
決意はしても何をすればいいか分からないので、結局このようなほのぼのとした会話になっているわけだが。
「まんかしゅおにいちゃん、いえでってどうやるのっ？」
「は？」
ジャンクヤードにやってきたパウンシヴァルが、突然訊いた。訊かれたマンカストラップは、意味が分からず聞き返した。
「家出？ パウン、何言ってるんだ？」
「ぱうんねいえでしゅるの。でもね、いえでってどうやったらいいかわかんにゃいからね、まんかしゅおにいちゃんにおしえてもらうの」
「………」
どう応えて良いか分からず絶句したマンカスを責められる者は、その場にいなかった。その場に限定しなくても多分いないだろう。
「……ちょっと待ちなさい。家出？ なんでパウン、そんなことを」
「ぱうんいえでするのっ！！」
「いや、だからなんで……」
「あのね、いえでってどうやるの？」
「家出っていうのはねー、おうちを出て違うところへ行くことだよ。でも、パウンどこへ行くの？ あ、なんなら列車乗ってく？」
いらんことを言ったのは言うまでもなくスキンブルシャンクスである。そして、言うまでもなくマンカスに教育的指導を受けて黙らされた。
「お前は、ついこの間それで大問題を起こしかけたことを忘れたのか」
「みぃ…でもぉ」
「でもじゃない。ちょっとは反省しろ」
「でも、パウンが乗りたいって言ったらしょうがないじゃないっ」
「パウンはそんなこと言ってないだろ！ 何でも良いからちょっと黙ってなさい」
「みゃう」
スキンブルはまだ何やらにゃうにゃうと抗議していたが、マンカストラップは無視してパウンシヴァルに向き直った。
「パウン、家出っていうのは、黙っておうちを出て行っちゃうんだよ。そんなことしたらタンブルお兄ちゃんもおうちの人も心配するだろう？ 何があったのか知らないけど、やめなさい」
「みゅう。でも、ぱうんいえでするの」
「いや、だからそれはなんで」
「みゅー？」
パウンはきょとんと首を傾げた。スキンブルが文句を忘れて「か〜わ〜い〜」と騒いでいたが、マンカスはそれも無視した。
「パウン、どうして家出なんかしようと思うの？」
「えっとね、おにーたんがぱうんおそとでたらだめっていうの。おにーたん、いっつもぱうんのことおこるの。だからねぱうんいえでするの」
「怒るって…それはパウンがこの間スキンブルの列車に乗っちゃったりしたからだろう」
「おにーたんぱうんがひとりでおそとでたらおこるの。だけどぱうんおそといきたいしね、いえでしたらおそといけるでしょ？」
「パウン、だからね、ひとりで黙ってお外へ出て来たら、おうちの人がみんな心配するんだよ。パウン、お兄ちゃんを困らせたくないだろう？」
「うみゅ〜……」
パウンは考えた。そして、思いついた。
「にゃっ！！ じゃあ、だまっておそとへでなかったらいいの？」
パウンちゃんお目目きらきら。とっても可愛い。だがしかし、何かが違わないか？
「……まあ、そうだけど、でも…」
「わかったの！ じゃあぱうん、おにーたんにどこにいくかちゃんとおしえて、おうちのなかでいえでするの。そしたらおにーたんしんぱいしないの」
「…それは既に『家出』とは言わないんじゃ……」
「そもそも家を出てないぞ」
スキンブルとマンカスは冷静につっこみを入れた。
「にゃ？ でも、だまっておうちでたらおにーたんしんぱいするんでしょ？」
「いや、それはそうだけど…」
「けっていなの。ぱうん、おうちのなかでいえでしゅるの！！」
元気に宣言したパウンちゃんは、ぽてぽてとした足取りでジャンクヤードを出て行った。
マンカストラップとスキンブルシャンクスは、釈然としないまま顔を見合わせた。
「ねえマンカス…パウン、結局何がしたいんだと思う？」
「さあ…タンブルに訊いてみるか？」
「うん……でも、訊いても分かんない気がするんだけど」
「実は俺もそう思う」
かくしてマンカストラップは決断を下した。
「ほっとこう。実害はないだろ、きっと」
「そだね」
ふたりはあっさりと合意に達した。
そして、スキンブルは思った。
最近、マンカスってなんか薄情になってる気がする…。まあ、良いか。
２．ぱうんちゃんじゅんびする
「♪いえで、いえで……えーっと、じゅんびしなきゃだよね、まずー、しょくりょうでしゅねー」
おうちに帰ってきたパウンシヴァルは、早速行動を始めた。家の中をあちこち歩き回っている弟に、タンブルブルータスが声をかける。
「パウン、何してんの？」
「いえでしゅるじゅんびにゃの！ えっとね、たがーおにいちゃんにね、なにをじゅんびしたらいいかおしえてもらったの」
ジャンクヤードを出てから、タガーの家も回ってきたらしい。もっとも、タガーが住んでいる場所はその日の気分によって変わるのだが、よくひとりで見つけだせたものである。
「…なんでタガー？」
「あのね、ぼんばるおねえちゃんがね、いえでするんだったらたがーおにいちゃんにどうしたらいいかききなさいっておしえてくれたの！ えっと、たがーはいえでのじょーしゅーはんだったからって……ね、じょーしゅーはんってにゃに？」
「じょーしゅーはん？ ああ、常習犯ね。しょっちゅう家出してたってことだよ」
「たがーおにいちゃんいえでしゅきなの？」
「好きって言うか…タガーって元飼い猫だろ。人間に飼われるの、いやがってたらしいから、だからじゃないのか？」
「うにゃ？ にゃんでいやにゃの？」
「知らないよ。タガーってなんでか知らないけど人間嫌いなんだよ」
「にゃんでー？ ぱうんおねえちゃんもおにいちゃんもしゅきだよ？」
パウンは飼い主を初めその家族から愛されまくっているのである。
「そういうのはひとによりけりなの」
「みゅう。よくわかんにゃいの」
「……それで、準備は出来たのか？」
「みゅ。えっとね、ぱうんね、いつものくっしょんもってくの。それかりゃね、しょくりょうをじゅんびしなきゃなの」
「食料って…保存のききそうなもの、何かあるか？ 缶詰持って行ってもしょうがないだろ？」
彼らの家での食事は、主に人間用の料理の残りである肉や魚、たまに缶詰キャットフードである。基本的に二匹とも家でネズミ捕りなどはしないので、食料は人間に頼っている状態である。そもそもパウンはまだネズミ捕りが出来ない。もちろん缶詰など開けられない。
「このあいだおねえちゃんがくれたおさかながあるの」
パウンはえっへんと胸を張って言うと、秘密の隠し場所（ベッドに敷かれたクッションの下）から干からびた小魚を５、６匹引っぱり出して見せた。
「えっとね、これね、にぼしっていうんだって。よくしらないけどね、とおくのくにですーぷのもとにつかうんだってっ」
「ほー。そんなもの貯め込んでたのかお前」
「おいちかったからおいとくことにしてたのっ」
何故彼らの飼い主がそのようなものをくれたかというと、父親の会社との取引の関係で英国へ来ていた日本人が、「いりこだしの味噌汁がなければ生きていけない！」と主張して大量に持参していた（もちろん、あわせ味噌と乾燥ワカメと野沢菜漬けも持参である）ものを一袋分けてくれたからである。猫にあげると喜ぶと言われたからパウンとタンブルに渡ったわけだが、それにしてもよく税関通れたな。どう説明したのだろうか。
しかし、猫たちにそんなことは関係なかった。
「いえでするときにやくにたつの。にぼしってえらいの」
「別にそういう目的で作られたわけじゃないと思うけど…じゃあ、僕のもあげるから持って行く？」
「にゃっ？！ いいのっ？！」
「良いよ別に。ほら、これ」
タンブルが自分が取っておいた煮干しを出してきてくれた。
「おにーたんありがとうなのっ！ ぱうんこれもっていくねっ！」
既に家出の目的を忘れているパウンである。大喜びだ。
「で、パウン、家出する先は決まった？」
「みゅう…いまかんがえちゅうなの。でもね、いいところがあるのっ」
「ほー」
「あのねあのね、いまのかーてんのかげってね、おひさますごくあたってあったかくって、すぐおそとにでられるの。それにね、おなかすいたらすぐにおだいどころにいけるの。いいとこなの」
居間は南向きで日当たりが良いし、窓が出窓なのでそのカーテンの陰はお昼寝に最高なのである。猫トイレも近くにおいてある。さすが猫だけあって、家の中のお昼寝スポットは完璧に把握している。
「ああ、あそこね。そこに家出するのか？」
「おにいちゃんのおへやのべっどのしたはいろんなものがおいてあってぶつかるの。それにね、おだいどころもいいけど、おだいどころってときどきうえからあついおゆがおちてくるからこわいの。だからいまのかーてんのかげっていいとおもうの」
「おばさんってよくこぼすからなあ…。ま、決めたんならちゃんと準備してしっかりやりなさいね」
「みゅう！！ ぱうんがんばるっ！！」
完全に目的を見失っている。ピクニックにでも出かけるとしか思えないパウンちゃんである。まあ、楽しげだから良い…のだろうか？
パウンは意外と勤勉だった。食糧を確保すると、今度は寝る場所を作るため、普段はベッドに敷かれているお気に入りのクッションを引っぱり出し、カーテンの陰へ移動させ始めたのであった。
「よいちょ、よいちょっ」
頑張って引きずっていく。そこへ、ぱうんのおねえちゃんこと飼い主のお嬢さんが通りかかった。
「あら？ 何してんの、あんた」
「みゅ？ ぱうんこれからいえでしゅるじゅんびなの」
「クッション、どこへ持って行くの？」
「いまのかーてんのとこなのっ」
「日当たりの良いところへ持って行って寝るつもり？ 頑張って引っ張って行くのよ」
能天気な飼い主である。しゃがみ込んでパウンをなでなでする。
「いいわよねー猫って幸せで。あたしなんか明日っからテストなのよ。おかげであんた達とも遊んであげられないんだけど…。あーいいなー猫になりたいなー」
「みゅう…てすとってなーに？」
とりあえず、何を言われているのかは分からないがなでなでされて甘えるパウンであった。
「ま、これが終わるまで待ってよね。…あ、そう言えばあんた、最近ゴミ捨て場の方でときどき遊んでるでしょ？ ね、あのあたりってすっごい美形なアメショーがいない？ 前に見かけてからからいっぺん写真撮りたいと思ってるんだけど、なんでか上手く接近できないのよー。あんた、いつ頃ならあのアメショーの写真撮れるか知らない？」
「にゃ…。ぱうんしらにゃいの」
そもそも、猫に相談しても無意味であろう。そんなことを考えている暇に試験勉強に励むべきではなかろうか。
「しゃしんってなーに？ びけいってなーに？ あめしょーってなーに？」
それに、パウンがそう訊いても人間には分からないのである。
「まあしょうがないから、あんた達が寝てるところでも撮るかな。じゃあねー」
お嬢さん（高校生）はそう言って元気に去って行った。試験は大丈夫なのだろうか。
パウンは再び、クッションを引っ張って居間を目指すのだった。
＜つづく＞
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