７．さあ しゅうちゃくえきだ
「おにーたーん！！！」
ジャンクヤードに元気いっぱいな声が響いた。瞬間、そこに集って思い思いのことをしていた猫たちが一斉に振り返る。
「あああああああーっっ！！」
うちの一匹が、悲鳴のような声とともにマッハに迫るスピードと勢いですっ飛んできた。
「パウン！！」
「帰って来たんだー」
他の猫たちも口々に言って集まってくる。さすがに今日は事情が事情なので、「スキンブルお帰り〜」といういつものご挨拶は省略された。
「ただいま〜。疲れたけど〜………って……タンブル…」
いつも通りのご挨拶をしようとしたスキンブルは、目の前で仁王立ちになったタンブルブルータスの迫力に絶句した。
「……おかえり、スキンブル」
何となく憔悴している上に、目が据わっている。恐い。
「あ……あはははははは……ただいま〜」
「パウンが世話になったねぇ」
その背後に火炎を背負った不動明王が見えたように思えるのは、果たして気のせいだったのだろうか。
「いやぁ……大したことは…あったような気もするけど、無事だったし」
「……今の…何か微妙に気になるんだけど……？」
「き、気にしなくていいよぉあははははは……」
さりげにしっぽが太くなっているスキンブルである。耳も寝ている。
「おにーたぁん！！！」
しかし、パウンはその緊迫した空気を全く認識していなかったらしい。タンブルにダッシュで飛びついてぎゅううっと抱きつく。
「おにーたんぱうんねおにーたんにあいたかったのー！！ おにーたんいないとさびしいのー！！ だけどねしゅきんぶるおにいちゃんがまってたらあえるっていってくれたからぱうんまってたの！！！ ぱうんえらい？」
「……偉くないッ！！」
タンブルはしがみつくパウンをひっぺがしてぷらんとぶら下げた。パウンは「あにゃ〜」と言いながら空中でじたじた暴れている。
さすがの兄馬鹿タンブルも、きちんとした躾の重要性を優先したようである。
「あにゃあ〜。おにーたーん」
「おにーたんじゃないッ！ なんでお前は、いつもいつもこういう余計な面倒を増やすんだーっ！！」
「みぃい〜」
「駅までついてきたのまでは良いとして！ 勝手に列車に乗り込むってのはどういうことだよ？！ 戻って来いってあれだけ言ったのに！！ なんでそうお兄ちゃんの言うこと聞けないわけ？！」
「にゃああ……だって、ぱうんちょーちょさんおっかけてたの」
「ちょーちょさんじゃないーッ！！！」
「た、タンブル……その、パウンの首絞めるのはやめたほうが…」
「スキンブルは黙ってて」
「いやその……」
「だ・ま・っ・て・て」
「はい……」
「きゅぅう〜」
「タンブル、やめなさいとりあえず暴力は」
「マンカスお兄ちゃんも黙ってて」
「黙ってるわけに行かないだろ。首絞めるのだけはやめなさい」
「……だってっ！！ この怒りをどこにぶつければ？！」
「気持ちはよーく分かる。分かるけどとりあえずやめろ。……パウン、お前が悪いんだよ」
「みぃいいい〜……」
「考えなしに行動すると自分が痛い目に遭うだけじゃなく、他の人に迷惑をかけることになるんだからね。もうしないって約束しなさい」
「うにゃ……」
「分かった？」
「でも、僕別に迷惑じゃなかったよ〜。パウン可愛いしー、車掌さんも運転手さんもパウンのこと気に入ってたよ。行きはちょっと恐かったけど、帰りはパウンちゃんと籠の中でおとなしくしててくれたし」
「……さっきから気になってたんだけど、その恐かったっていうの、何？ スキンブル」
ミストが聞いた。
「パウン、運転手さんところでいたずらして、もうちょっとで列車が暴走するところだったんだってー」
あっさりバラす。かばう気があるのかスキンブル？
「スキンブル……それは本当か？」
同時に振り向いたタンブルとマンカスがステレオで訊く。その声の異様な低さに、失言に気付いて凍るスキンブルであった。
「えっ……いやその……しゃ、車掌さんがそう言ってたなーって……あ、あの、別に実際に暴走したわけじゃないから！！ 何事もなかったしー…って、あはははははははは…」
笑い声も凍りつく、ドライアイスのように冷たく乾いた空気に、周囲の無関係な猫たちまでもが硬直して成り行きを見守っている。
タンブルはとりあえず彫像と化したスキンブルを無視して頭を抱えた。
「あああああああ……無関係の善良な人々にそんな迷惑を……」
「パウン……なんてことをっ」
マンカスもいつもの優しいというよりは甘い顔は見せてくれなかった。
「にゃああああ〜。ごめんなしゃいなの〜」
「……パウン。とりあえず、明日から一週間外出禁止の刑ね」
とりあえず、首を絞めるのはやめて刑の宣告をするタンブルである。
「にゃあああっ？！ がいしゅつきんしっ？！ そんなぁあっ」
パウンはショックに打ちひしがれるように見えたが、それからおもむろに首を３０度ほど傾けて愛らしく訊いた。
「……がいしゅつきんしってなぁに？」
「……………一ヶ月に延長」
タンブルブルータスは呟きながら弟をがっしと捕まえた。
「にゃっ？！」
「ちなみに、外出禁止っていうのは、家から一歩も外に出たらダメってこと」
「にゃあああああっ！！！ おそとにでたらだめにゃんていやあああ！！」
「さ、帰ろうかパウン」
「あにゃあああああ………まんかしゅおにいちゃーん！！ しゅきんぶるおにいちゃーん！！ たーしゅーけーてぇぇぇえええ…………………」
パウンシヴァルはタンブルに連行されてジャンクヤードから消えた。哀れっぽい悲鳴がエコーを残しつつ遠ざかって行く。
「パウン……無事かな…」
「まあ、タンブルはあんまり体罰とかしないから…生きてはいるんじゃないの？」
わりと薄情な仲間達である。この場合、自業自得ですしね…。
「でも一ヶ月も謹慎ー？ パウンいないと寂しいよねー。いるとやかましいけど」
「ミスト、謹慎なんて難しい言葉知ってるな」
「え、きんしんって何？」
「外出禁止と同じような意味だよ」
「へー、そうなんだ。すごいねー、ミストよく知ってるねー」
さらに薄情な友人達である。
「まあ、パウンもスキンブルも無事に戻ったことだし……放っておくか、後はタンブルがちゃんと躾るだろうし」
マンカストラップはあっさりとそう言った。このまま話を終わりにするつもりらしい。
「そーだねー。まあ無事だったしねー」
ミストフェリーズも意外と冷静であった。今回迷惑をかけられたのが自分ではないので、そこから生まれる余裕であろうか。
「じゃあスキンブル、列車の話聞かせて！！ パウン何やったの？」
「えーっと……スコッチ入り紅茶飲んで酔っぱらったりしてたんだけど…」
タンブルが去ってくれて良かった、と心から思うスキンブルであった。こんな話を聞かせたら、後が怖すぎる。この場合彼に落ち度はないのだが、あまりに起こらせる材料を提供するととばっちりが来る可能性は極めて高いのだ。
「えーっ、パウン酔っぱらっちゃったのー？」
「そうだよー。ふにゃ〜んとして寝ちゃったんだけど」
「酔っぱらったって、スキンブル…」
マンカスに聞きとがめられたようだ。
「いやその、大して飲んだわけじゃないから！ 大丈夫だよ、もう醒めてると思うし」
「…本当だろうな？」
「ほんとほんと！！ あのね、パウンが乗っちゃったのは完全に事故なわけで…」
「それは分かってる。俺が訊いてるのは、お前がパウンと一緒に馬鹿な真似をしなかったかってことなんだが」
「してないしてない絶対してない…」
スキンブルも必死である。してない。うん、絶対、多分、おそらく、きっと……ちょっと自信がないが。
何はともあれ、事件は解決した。多分。おそらくきっと。
８．えぴろーぐ
「おにーたぁんだしてよぅ……ぱうんもうれっしゃのったりしないよぅ」
かりかりかりかり…パウンシヴァルは哀れっぽく猫運搬用のケージを引っ掻いた。もちろんタンブルに閉じこめられたのである。
「だめ。外出禁止一ヶ月が良いか、そこに３日間閉じこめられるのが良いかって、さっき訊いたとき短い方が良いって言っただろ」
「みゅうう……だってぇえ」
「言い訳は聞きません」
「おにーたーん！」
「泣き落としも聞かない」
「ふえぇ〜ん………」
タンブルは厳しかった。いつもは甘い兄だが、さすがに頭に来ているらしい。
「勝手に出たりしたら外出禁止一ヶ月」
「みぃぃいいい〜！！」
パウンの悲痛な叫びが響いたが、やっぱりタンブルには効かなかった。
それから三日間、タンブルブルータスは飼い主を威嚇してパウンの檻を守り抜いた。飼い主は不審がっていたが、タンブルの怒りのに負けたらしい。
その後しばらく、彼らの家の周りで猫の幽霊が哀れな声で鳴いているという噂が立ったが、真相は定かではない。
「あれ、スキンブル。今日は弟連れじゃないのか？」
マンカスの追及を何とかかわし、再び愛する職場へやって来たスキンブルに、車掌さんは呑気な声をかけた。
「弟じゃないよう。それに、もう来ないと思うなー」
「あの子、可愛いって評判だったぞー。まあ、スキンブル程じゃないけどな。でも、あの子をちっちゃいうちから鍛えて二代目鉄道猫に仕立て上げるって言うの、良いと思うんだが」
「駄目だよー、タンブル怒るし。パウンは列車にはもう乗らないって」
「また良かったら連れて来いよ、歓迎するぞー」
「うーん、そりゃタンブルが赦してくれてパウンがまた乗りたいって言ったら連れてくるけど。でも、多分無理だと思うよ」
「また会えるの楽しみにしてたんだけどなー。そうか、今日はいないのか、残念だな。まあとにかく、今日も仕事だ！ がんばるぞスキンブル！！」
「にゃあ！！」
何度も何度も何度も何度もしつこくて申し訳ありませんが、決して会話が成立しているわけではありませんからね。
まあ、意志の疎通に成功していれば、言語の壁（そういうレベルではないかもしれないが）など大した障害ではない。問題は、本当に意思が疎通しているかの方だが。
そんなことは気にしないひとりと一匹は、元気いっぱい夜行列車の廊下を歩き始める。
そして───再び、列車は走り始めた。
＜了＞
≪あとがき≫
ぱうんちゃんシリーズ、またの名をぱうんちゃんの大迷惑シリーズ第３弾をお送りいたします。
しかしどうもこのシリーズ、「タイトル大嘘つきシリーズ」と化してきているような…まあ、いいか。
今回のタイトルの案は妹です。最近ネタ切れ気味な、某国営放送の歴史番組のパクリですね。ゆーたら何ですが、実にくだらないですね。
さて、相変わらずパウンちゃんってば無茶苦茶やってます。今回主に迷惑をかけられたのは、珍しいことにスキンブルです。スキンブルは普段はパウンと同じノリで暴走できるキャラですが、実は彼らは似ているようで結構違うということをちょっとはっきりさせたくて出したネタなのです。お仕事中のスキンブルはいつもの可愛い猫ちゃんとはひと味違う！ということで。でも、あんまり成功していない気がするのは何故だろう何故かしら。不思議だわー…って、ヘボいからに決まっとろーが。
しかし、結果的にスキンブルと夜行列車は平和です。さすがは鉄道発祥の地英国…関係ないか…まあ、猫もいたりする列車ですから、ちょっと暴走するくらいきっと平気平気。（多分違う） スキンブルがいれば夜行列車は平穏無事、という詩の文言だけは崩すわけには参りませんし。これは私のファンフィク執筆ポリシー（大袈裟）なのです。原作に矛盾することは書かない、という…なんて、それほど拘っているわけではないんですけどね。
今回、珍しくあとがきが大変短いですね。私にしては。というわけで、次回のパウンちゃんシリーズ第４弾は、パウンちゃんついに自立？！編です。
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