その時列車は動いた 〜ぱうんちゃんシリーズ３．暴走編〜
１．おのりはおはやく うごきます
「今日っも元気だ、お仕事だー♪ 楽しい楽しいお仕事の日ｖ 楽しいな、うれしいなっと……あっ」
その日、いつも通り世にも脳天気な歌を歌いながら仕事に向かおうと道を歩いていた茶トラ猫スキンブルシャンクスは、向こう側からほてほてと歩いてくるふたり連れを見かけて声をかけた。
「タンブルー！ パーウンｖ おはよー！！ パウン今日も可愛いねーっ」
「あー！！ しゅきんぶるおにいちゃんにゃのー！！」
「おはようスキンブル。今日って、仕事？ なんかいつも以上にハイテンションだね…」
「うんっ！ これからお仕事なの、嬉しいなーっ」
「……良かったね…」
「おしごとー？ しゅきんぶるおにいちゃん、にゃんのおしごとー？」
仕事嬉しさにハイテンション気味（いつもだが）のスキンブルに、ちょっと引いてるタンブルブルータスと、いつも通りのパウンシヴァル。対照的な兄弟であった。性格は対称的だが毛皮の模様はよく似ている。白地にうす茶色のぶち模様と青空色の瞳がそっくりで、一目で兄弟と分かるふたりであった。
「お兄ちゃんはね、これから列車に乗りに行くんだよーｖ すっごく楽しいお仕事なんだよーｖ パウンも来るー？！」
「行かない」
きっぱり言い放ったのはパウンではなくタンブルだった。
「にゃんでー？！ ぱうんいってみたいのー！！」
「ぜっっっっっったいにだめっ！！」
「タンブル…なんでそこまで力一杯言うの？」
「ダメだからっ！！ パウン列車に乗せたりしたらどんなコワいことになるかっ！！ ああっ想像するだけでもっ！！！」
スキンブルはがーんとショックを受けた。ちょっとよろめき。
「ひどいっ…僕のお仕事なのにっ」
「スキンブルの仕事は良いけど、パウン乗せるのは絶対にダメ」
常識と良識のあるタンブルの主張は厳しかった。
「えーでも、パウンに列車見せてあげるだけなら良いでしょ？ タンブルだって前に駅に来たことあるじゃない」
思いつくままに言ってみただけだったが、そうしてみるとそれが実に素晴らしい口実であるように思われた。
「ね、パウン列車って見てみたくないー？ すっごく面白いんだよｖ」
何となく幼児をたぶらかす誘拐犯のような口調ではあった。
「れっしゃってにゃーに？」
無邪気なパウンは可愛く訊いた。間違いなく、真っ先に誘拐されるタイプであろう。しかも全然怖がったりとかしなさそうである。
「列車ってのはね、人間の乗り物だよ！ がたがた揺れるのが楽しいの♪ すっごいスピードで走って面白いしー、お客さん達親切にしてくれるしー、窓の外の明かりがすごく綺麗だしー、ネズミとかゴキブリとか捕まえたらご褒美貰えるしー」
スキンブルノンストップ。
「ごほうびっ？！」
パウンは微妙にずれたところに反応した。
「ごほうびにゃに？！ おいしいもの？」
「美味しいものだよｖ 他にもおもちゃとかくれるお客さんもいるんだよー」
「ごほうびいいのー、ぱうんおいしいものだいしゅきにゃのー」
思いっきりあっさり誘惑に乗る幼児である。
「の・る・の・は・だ・め！！！ 外から見るだけならともかく！」
もちろん、タンブルからはきっちり指導が入った。
「ぱうんみてみたいのー、おもしろそうにゃのー」
やっぱり兄の心など知っちゃいない弟であった。
「パウン…」
「ぱうんれっしゃってどんにゃのかみてみたいの。おもしろそうにゃの」
「面白いよー、見においでー」
スキンブルシャンクス、悪魔のささやき。
「スキンブル……パウン乗せるのやめて…」
「僕はパウンと列車乗れたら楽しいなあｖ」
「だから、そーゆーことを言うなっつーとるンじゃっ！！」
おおっ。ついにタンブルブルータス君がキレました！
「あきゃ〜。タンブル首締めないで〜」
「締めいでかこのお調子者！」
「きゅ〜」
「み？ おにーたんたちあしょぶの？」
「そそそそそそういうわけではないんだけどもぐぐぐぐぐぐぐ」
「今日という今日は許さん〜。こーしてやるこーしてやるっ」
げしびし。
「やめてッ。お願い顔は傷つけないで、アタシ女優なのよっ！！」
がすっ。ぐにーっ。
「この期に及んでふざけたことをぬかすのはこの口かこの口かこの口か〜〜？！」
「ぐににににに」
「あしょんでるのー。ぱうんもいれてなのー」
「パウン…周囲の迷惑を顧みず行動する愚か者がどういう末路を辿るのか、そこでよーく見て覚えときなさい。同じことを繰り返しちゃダメだからね」
ごん。
「あにょ〜〜〜」
「み？ ぱうんよくわからないの…」
「そう…今分からなくても、いつかきっと分かる日が来るからね。その日までよく覚えておくんだよ。大人になるっていうのは分からないことをそのままにしないってことなんだよ」
どこか据わった目で、含蓄があるのかないのかよく分からないことを口走るタンブルブルータスだった。
「わかったの。ぱうんよくみておぼえとくの」
パウンシヴァルは基本的によい子だった。素直にそう答えると、おっきな目を見開いて友達をタコ殴りにする兄をじーっと観察し始めた。
「みみみみみみ。パウン〜、見てにゃいでた〜す〜け〜て〜」
スキンブルはタンブルの天誅を受けて微妙にボロくなっていた。
「えっとえっと、ふざけたことばっかりゆってるとなぐりゃれたりひっかかれたりふまれたりおくちをりょうがわからひっぱられたりおひげをかたむすびにされたりするでしゅねっ？！」
「そうだよ。パウン賢いね、ちゃんと憶えときなさいね」
「うんっ！！ ぱうんおぼえとくのっ！ がんばるの！ おにーたん、ぱうんえりゃい？」
「えらいよー。えらいから忘れないようにねー」
げしっ。タンブルブルータス、弟を誉めつつ渾身の蹴り。
「はいにゃの！！」
「あ〜〜れぇ〜〜〜」
スキンブルの運命やいかに。であった。
そして彼の運命は１分ほど経ってわりとあっさり決した。
「なにしてんの？ タンブル。スキンブルボロくなってるけど」
小さな黒猫に呆れたように声をかけられて、タンブルはスキンブルをこづき回す手を止めた。
「気にしなくて良いよミスト」
「気にするよ。いつも冷静なタンブルがどうしたの？ …まあ、大体見当つくけど」
「じゃあ分かるだろ。愚か者に天誅を加えてるんだよ」
「それはいいんだけどさ」
「よ〜く〜な〜い〜……ミスト助けて〜」
「スキンブル今日仕事じゃないの？ 昨日から散々騒いでたじゃない。こんな時間に遊んでていいの？」
当たり前だが彼らがじゃれているうちに時間は過ぎていた。
「……ってそうだったぁ！！！ 列車が出ちゃうよ〜！！ きゃ〜〜遅刻するー！！」
遊んで云々発言の問題よりもその事実のほうが重要であったらしく、スキンブルシャンクスは大慌てで飛び起きて駆け出した。
「そーゆーわけなんで僕はこれから駅へ急ぎます！！ 皆さんお元気で！」
「あー、頑張ってきてねー」
ミストフェリーズはそう言ってひらひらと平和に手を振ったが、
「逃げるなー！！」
タンブルブルータスはすかさず彼の後を追った。そして更にその後を、
「あー、おにーたんたちどこいくのー？ ぱうんもいくのー」
パウンシヴァルがぽてぽて転がりつつ追って行った。
「なんなんだろー……」
まあ大体見当つくけど。ミストフェリーズは駆け去る三匹の後ろ姿を見送って呟いた。
Ｐ.Ｍ.１１：３９、夜行列車ナイトメイル号発車３分前。
「ああっよかった間に合ったぁ……ぎりぎりセーフですねっ」
既にほとんどの乗客は乗り込み済みのようで、真夜中のプラットホームは静まり返っていた。人間の姿は駅員くらいしか見当たらない。そこを一気に走り抜け、スキンブルシャンクスは溜息をついた。後から追いかけてくる２匹は気になったが、とりあえずもうすぐ発車してしまえば諦めるだろう。
どうでも良いが、こんなぎりぎりの時間に出勤するたぁ仮にも従業員の身で良い度胸である。人間の一般乗務員なら確実にクビであろう。
「さて、ではまず身だしなみを整えてっと」
気を取り直し、丁寧に身繕いをする。列車に乗った瞬間、タンブルにフクロにされたダメージもあの路地からここまで全力疾走してきた疲れも消え去っていた。ここでの彼は仕事に命を懸ける万国の労働者の星である。カール・マルクスさんもご推薦です。
「お仕事のときはだらしない恰好してちゃダメだもんね」
普段仲間達の前でどんなに元気と可愛さだけが取り柄のような仔猫をやっていても、こと仕事に関しては彼は誰よりも自覚と誇りを持ったプロである。全身の毛皮を丁寧に舐めて綺麗にすると、ガラス窓に映して指差し確認。
茶トラの毛皮は微妙なダメージの痕跡（引っ掻き痕とか）を無視すればばっちり決まっている。緑の瞳もきらきらと輝いている。固結びを丁寧に解かれたおひげはピンと張り、長いしっぽが揺れる。
「よーし、ばっちり！！」
そのとき、素晴らしいタイミングで発車ベルが鳴り響いた。
鉄道猫スキンブルシャンクスは堂々と胸を張って立つと、命と同じくらい愛する列車を見回るべく、まず運転室に向かって歩き出した。
Ｐ.Ｍ.１１：４０、ナイトメイル号発車２分前。
「はーっはーっ……つ、ついこんなとこまで追っかけてきてしまった…」
怒りにまかせて駅のホームまでスキンブルを追ってきたタンブルブルータスは、肩で息をしつつ目の前の巨大な鉄の箱を眺めた。
「もうあいつ乗り込んでるよな……全く、ほんとに何があんなに面白いんだかね、列車って」
一応飼い猫のタンブルは、別に人間が苦手ではない。うるさく構われるのがいやという程度である。だがそんな彼でも、敢えて積極的に人間がやたら大勢いる場所に出向く気にはならない。ましてやこんな、人間のためだけに存在するような場所に。
「まあ、猫はいろんな奴がいて当たり前だけどさ……それにしても人間って、こんな箱に入って何が面白いんだろ？」
以前スキンブルが散々騒ぎまくって、仲間の子どもたちをここに連れてきたことがあった。人間達にきゃあきゃあ騒がれて辟易し、ほとんどの猫がすぐに逃げたが。
あんなに人間がたくさんいるのを見るのは初めてだった。今はあの時と比べれば無人も同然だが、それにしても奇妙に思える。
どうして人間は、好きなわけでも一緒に遊ぶわけでもない他の人間達と一緒にいられるんだろう。
「おにーたーん」
後ろで声がして、タンブルは我に返った。
「ぱ、パウン一緒に来てたの？！」
「きてたのー。ぱうんおにーたんといっしょにいくもん」
結構なスピードで走っていたはずなのに、ついて来られていたとは。赤ん坊のくせに意外なスタミナとスピードだ。それともこれは後追いパワーであろうか。
タンブルが弟の運動能力に才能を見出している間に、パウンはぽてぽてと列車に近寄っていった。
「おにーたん、これなーに？ なんだかでっかいの。いっぱいつながってるの」
「これが列車だよ。人間がこの中にいっぱい乗ってるんだ。これがずーっと走るんだよ。スキンブルがここで働いてるの」
「しゅきんぶるおにーちゃん…なんかしゅごいの」
「うん、まあすごいということは否定しないけどね」
ちょっと溜息をついて、タンブルは気を取り直した。
「じゃ、帰ろパウン。ゴミ捨て場行って遊ぼう」
「あ〜、ちょーちょしゃんー」
「え？ ちょうちょ？」
人の話を全然聞いていないパウンであった。タンブルがその視線を追うと、確かに酔狂にもこんな時間に飛んでいる蝶がいる。闇を厭う人間世界の明かりに騙されたのか、それとも蛾なのかもしれませんが。
「ちょうちょなんか良いでしょ。帰るよ」
「ちょーちょしゃん〜」
「あっ、こら！！」
やっぱり人の話を聞いていないパウンは、ひらひらと舞いながら列車の開いた扉のほうへ飛んでいく蝶を追った。
蝶（もしくは蛾）は、ふわりと扉の中へ入っていく。
「ちょーちょしゃんまってなの〜」
後を追いかけてパウンシヴァルもぽてんと扉の中へ入った。
「こらパウン！！ 戻って来なさいっ」
激しく嫌な予感にタンブルが叫んだとき、不意に目の前に壁が出来てパウンシヴァルの姿がかき消えた。
「………………………………え？」
壁。より正確には、列車の閉まった扉。以前来たとき見たから知っている。列車の扉が閉まる、それはすなわち、
「うっそぉぉおおお────！！！！！」
タンブルの悲鳴は、真夜中のホームに響き渡った発車ベルの音にかき消された。
がたんごとーん。列車は無情にも、ムンクの『叫び』状態で立ちつくす彼の前を通り過ぎていく。
ああ、なんてお約束。
……合掌。
２．ぼくらをのせて しゅっぽしゅっぽ しゅっぽっぽ
「おっしごっとおっしごっと、楽しいなｖ 本日もご乗車ありがとうございますｖ 皆さん、良い旅を〜」
順調に走る列車の揺れに合わせて上機嫌で鼻歌など歌いつつ、スキンブルシャンクスは車内を巡回していた。運転士に頭を撫でて貰い、乗務員の皆さんに愛想を振りまき、お客様たちに喜ばれながら車掌室に向かう。
「キャ〜。スキンブル〜」
「感激だわ。初めて見たのよ、スキンブルって本当にいるのね…」
「可愛い〜こっち向いて〜」
彼のファンと思しき乗客も多かった。アイドル並みの扱いである。そんな客に捕まるたびに立ち止まって愛想を振りまいているので、歩みははっきりいってかなり遅い。
「異常はございませんね〜。なにかあったらスキンブルにお申し付けをｖ ではごゆっくり〜」
楽しんでいるだけに見えても本猫は真面目で真剣なのであった。
それが証拠に、にこにこ可愛がられるばかりではない。態度の悪い客にはきちんと目を配っているのである。大声で喋ったり周りに迷惑をかけている者には、しっかり指導を入れているのであった。鉄道猫の面目躍如である。
充実した時を過ごすスキンブルは、自分がタンブルに追いかけられていたことも、その理由がパウンであることも、全て忘れていた。まあ、猫だし。
「夜行列車の旅は素敵、と……さて次は二等車…」
歌いながら去って行く彼の後ろ姿（主に長いしっぽ）に、乗客達から溜息が漏れた。可愛い。
その可愛らしいポスターで多くの乗客の心を鷲掴みにしたスキンブルは、夜行列車という需要の限定された列車を毎回満席にし、ポスターも絵はがきも売れに売れまくり、近いうちに写真集が発売される企画が持ち上がっている、押しも押されもせぬ夜行列車のアイドルであった。もちろんファンクラブがある。名誉営業部長の肩書きも与えられていたりする。はっきり言って、列車の乗務員達の誰よりも地位は高い。遅刻したら列車の方を待たせるのだから社長並みである。いや、社長より態度でかいかもしれん。鉄道猫は列車の中では無敵なのだ。
「おっしごっとおっしごっと楽しいなー」
しかし本猫は単なる仕事好きだった。
夜行列車は今夜も平和だ。今のところは。
「ん……？」
車内を巡回していたナイトメイル号の若き車掌（別名スキンブルの下僕）にしてスキンブルを列車に乗せるようにした張本人・デイヴィッド＝マクスウェル氏は、貨物車の近くに妙なものを発見して首を傾げた。
見た目は、ふわふわした毛の塊である。それがよちよちふらふらとあちこち転がるように歩いている。
「……猫？」
そう、それは生後一月くらいと思われる小さな猫であった。普通に考えれば走る夜行列車の中に仔猫がいるということはまずあり得ない。だが、この列車は特殊であった。
「脱走した飼い猫かな？」
鉄道猫スキンブルシャンクスの存在を前面に押し出し、「猫と一緒の旅」を謳い文句にしているこの列車は、飼い猫を自由に乗せられることになっているのだ。もちろん車掌に申告する必要はあるし飼い主としての責任は果たさなければならないのだが、普通なら必要なペット切符がタダなのである。
従って、この列車の動物人口密度は通常よりかなり高いと思われる。ペットの猫が脱走したのだと彼が判断したのも無理からぬことであった。
「みゅー、みゅー」
仔猫は心細そうに鳴いていた。彼はきょろきょろしている仔猫を拾い上げた。
「みゃっ？！」
「ほら、心配するなよ、大丈夫だから。飼い主とはぐれたのか？ 安心していいぞ、すぐ見つけてやるからおいで」
びっくりしてじたじたと暴れる仔猫を優しく撫でて安心させる。猫マニアの面目躍如というべき手際で、仔猫はすぐに落ち着いたようだった。
「みゃ〜…？」
「落ち着いたか？ もう大丈夫だからな。さ、一緒にお母さんを探しに行こう。それまでここにはお兄ちゃんもいるしな」
「みゃあ」
「……可愛いな、お前」
確かにそれはとてもかわいい仔猫だった。
哺乳動物の子どもというものはたいてい大変可愛らしい外見をしている。この「可愛らしさ」の基準というのは人間以外の哺乳動物も共通のものであるらしく、ライオンがウサギの子どもを育てたりすることがあるという。実際、狼が人間の子どもを育てていた例もあるし、この「赤ん坊の可愛らしさ」というのは、自分の身を守る力を持たない子どもが、強い者の庇護欲をそそる姿をとることによって生き延びるためのものともいわれている。
まあ、そういった理屈はこの際どうでも良い。とにかく、今重要なのはその仔猫がとても可愛かったという事実である。ふわふわとした長めの毛皮は白地にうす茶色のぶち模様。表情豊かな瞳は晴れた空の色。鼻と肉球は愛くるしい淡いピンク色。太めのしっぽがよく動く。
「にゃーう」
「か………可愛い…」
「みゃ？ みゅ」
しかもよくしゃべる。そしてやることがいちいち可愛い。
よほどの動物嫌いならともかく、これを可愛いと思わない人間はあまりいないだろうと思われた。
「……お前、もし飼い主が見つからなかったらうちの子にならないか？ うち、今３匹いるけど、もし良かったら」
いつかの誰かのよーなことを言いだしてしまったのもむべなるかな、なのであった。
「スキンブルシャンクス、鉄道キャット、夜行列車のアイドル♪っとｖ お仕事一段落ーｖ さて、休憩しましょー」
そしてスキンブルはやっぱり呑気かつハイテンションだった。一通り車内を見回り、車掌室に到達する。これから車掌さんと合流し、ごはんを食べ、一緒に見回りをしたりもするのである。
「にゃあ〜。現在のところ車内は異常なしでーっす！！ 今夜も一晩がんばりましょーって、え？…」
元気いっぱいに車掌室に入ったスキンブルは、そこに非常に奇妙なものを見てしまうことになる。普通なら決してあり得ないものを。
「おおスキンブル。いつもご苦労だなー」
「にゃー！」
上機嫌な車掌さんのお膝の上で、ふわふわの仔猫がごはん（スキンブル用に常備されているキャットフード）を食べさせて貰っていた。仔猫はスキンブルを見るなりぱぁあっと顔を輝かせた。
「しゅひんふるほひーはん！！」
「ぱ……パウン？！ 何してんのこんなとこで？！」
「あうんほはんはへてうを」
まぐまぐ。
「……ちゃんと呑み込んでからしゃべんなさい…」
「うみゅ」
パウンシヴァルは素直にこっくりと頷いてから、口の中のキャットフードをかみかみごっくんと呑み込んだ。それからおもむろに口を開く。
「ぱうんごはんたべてゆの」
「………そーゆーことを訊いてるんじゃなくて……なんでパウンがここにいるのかってね」
訊かれたパウンは急に泣きそうな顔になった。
「わかんにゃいの・・・」
「分からない？ 何で」
「ぱうんおにーたんといっしょにえきってところへいったの。しょれでね、ちょーちょしゃんがいたからぱうんおいかけたの。そしたらきゅうにがたんってなってね、おにーたんいなくなっちゃってね、ぱうんいっぱいさがしてるのにみつからにゃいの」
「あー……大体分かった。…要するにパウン、ちょうちょ追っかけて列車に乗っちゃったんだね…」
さすがに飲み込みが早い。スキンブルは納得すると同時に頭を抱えた。
「どぉすんだよ……ああっタンブルとマンカスに殺される！！」
「み？ しゅきんぶるおにいちゃんどうしたの？」
「パウン……このまま列車に乗って僕と一緒に逃げよう地の果てまでも。帰ったらタンブルが修羅と化しているに違いない」
思わず阿呆な問題発言をしてしまった。
「みゃ？ おにーたんどこにいるの？ ぱうんさがしてるのー」
「……あのね、タンブルの居場所は分かるけど、今すぐ会うのは無理なの」
「にゃんで？ ぱうんおにーたんにあいたいの」
「あのね、タンブルは今遠くにいるの」
「にゃ…おにーたんどこいっちゃったの？ ぱうんあいたいの」
「いや、遠くに来てるのはこっちの方なんだけど…」
「みぃ……おにーたんどこー」
「わわわ。パウン泣かないでよ。今すぐ会うのは物理的に無理だけど、あさっての夜には会えるから。だからそれまで待っててよ。絶対大丈夫だから」
「ほんと？」
「ほんとほんと。ほんとだから泣かないでね」
「わかったの。ぱうんまつの」
「そう？ 偉いねーパウン。じゃあ、このひとと一緒にここにいなさいね。お兄ちゃんはお仕事で忙しいから」
「このひと？」
車掌さんは猫たちが仲良く話しているのを感動の面持ちで眺めていた。
「そうしてると更に可愛いなあ……猫が２匹仲良くじゃれている。ああ、至福だ…」
普段はとても真面目な労働者である彼は、幼少期から今日に至るまで合計３８匹の猫を飼い、その全ての名前と顔をきちんと覚えている、自他共に認める猫マニアであった。家には猫の写真集がそれ専門の図書館が開けるほどある。もちろん自分でも撮っている。企画中のスキンブル写真集にも口を出している。
「あ、こうしてみるとこの子、お前に似てるなスキンブル。ひょっとしてお前の弟か？」
別に顔や模様が似ているわけではないのだが、何故かそう言われることの多い２匹である。しかし、同じ猫ならばともかく、人間の身でそれを指摘するとは恐るべしマニアの眼力であった。
「違うよぉ。パウンのお兄ちゃんはタンブルだもん」
「ぱうんのおにーたんおにーたんだよぉ」
そう訴えてみても、人間には理解して貰えないのが種族の壁が哀しいところである。逆に、仲良くにゃーにゃー抗議したせいでよけいに兄弟と思われてしまった。
「そうかそうか。可愛いなふたりとも。そうか、お兄ちゃんについて来ちゃったんだな？」
「違うよーパウンちょうちょ追いかけてきただけだよー」
「ちょーちょしゃんどこいったのかなー」
「スキンブルの弟なら歓迎するぞー。いやそれにしても、スキンブルにこんな可愛い弟がいたなんてなあ。仲良くするんだぞ、仲良きことは美しき哉って、人間は言うんだ」
「仲良しは確かだけど、違うよー。そりゃ、パウンのお兄ちゃんなら嬉しいけど」
「みゅ〜〜」
当たり前だが話は通じなかった。愛くるしい仔猫兄弟は彼のドリームの中で完全に成立してしまったらしい。
「誤解が解けませんねぇ」
無理もないけど。スキンブルは呟いた。ちょっと哀しいが。
「ああ、でもパウンと兄弟と思って貰えるなんて嬉しいかも」
彼はとても前向きな考え方の持ち主だった。
「ね、しゅきんぶるおにいちゃん。このひとだれ？」
パウンシヴァルが首を傾げて聴いてきた。
「このひとはね、この列車の車掌さんだよ」
「しゃしょーしゃん？」
「そ、車掌さん。僕と一緒に列車の中見まわるんだけど、猫好きないいひとだから可愛がってくれるよ。僕が出かけてる間はこのひとと一緒にいればいいからね」
「うん。いいひとなの。ぱうんにごはんくれたの」
「よかったねー」
「みゅ。ぱうんおなかしゅいてたからうれしかったの」
「…パウン、ごはん食べてこなかったの？」
「おうちでたべたけどね、はしったらおなかしゅいたの」
「パウン成長期だもんねー」
「せいちょうきってなーに？」
「ごはんいっぱい食べる時期ってことだよ」
恐ろしく大雑把な説明をして、スキンブルシャンクスは自分もごはんを貰うために車掌さんにすり寄って行った。
＜つづく＞
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