６．ぱうんちゃんはねる
「あっ！！ マンカスおにいちゃ〜ん！」
「わーいマンカスだー！」
「お兄ちゃん、あたしねえ！」
銀トラの若猫がゴミ捨て場に姿を現した瞬間、目ざとく見つけた子どもたちが群がった。「殺到」と表現するのが相応しい勢いである。
「やあ、みんなおはよう。今日も元気だね」
子どもたちの頭を優しく笑顔で撫でながらいつものタイヤの上に行こうとして…若きリーダー候補はとても不審なものを発見して首をひねった。
自動車のボンネットの上に、バネの飛び出したマットレスがどでんと乗っかっている。さらにその上で、この間産まれたばかりの赤ん坊パウンシヴァルが、とても嬉しそうに跳ねていた。
「わーいわーい。ぱうんじゃんぷー」
「……あれ…何だ？」
「さあ…あたしが来たときにはあったの」
「パウンが大喜びしてずーっと跳んでるの」
「何かミストが出したみたいだけど」
「ミストが？ 何であんなもの」
「あ、マンカス」
跳ねるパウンシヴァルを横で見守っていたタンブルブルータスが、彼に気づいて声を上げる。側にいた３匹、ラム・タム・タガーとスキンブルシャンクスとミストフェリーズも、その声につられて彼を見た。
一瞬、４匹の顔に非ッ常に奇妙な表情が浮かんだ。そのまま顔を見合わせる。
マンカストラップはさらに不審に思った。遊びに夢中のパウンやひねくれ者のタガーはともかく、スキンブルやタンブルは彼が現れると真っ先に飛んでくる連中だ。ミストだって離れたところでじっとしていることはあり得ない。
「何してるんだ？ お前達」
「いや…パウンが跳んでるから」
「そのマットレス、どこから」
「あっちの方に積んであったんだよ。あのね、パウンがジャンプしたいって言うからこっちに持ってきたんだけど」
「そうなのか…？」
ミストの言葉は、とっさの言い訳にしては良くできていた。中途半端に目を反らしていなければだが。
「あー！ まんかしゅおにーちゃん！」
マンカスと言えないパウンシヴァル。
「みてみてー！！ ぱうんね、ちゃくちできるようになったの！ おにーたんみたいにとべるの！」
瞬時にして周りの４匹の顔が引きつるが、マンカストラップは気が付かなかった。さっそくパウンシヴァルの頭を撫でなでする。
「へえ、それはすごいな。パウン偉いよ」
「えらい？ ぱうんえらい？」
「偉いよ。パウン、ジャンプ大好きだったもんね？」
「うんっ！！ ぱうんじゃんぷだーいしゅきなの！ あのね、とぶからみててねっ！」
「え？ ちょっとパウン」
「えーい！！」
パウンシヴァルはマットのスプリングを利用してぽーんと飛び上がると、空中でくるくる回転して上手に降り立った。なんかひねりも入っている。
「おおおおお」
「すごーい。パウン上手ー」
「へー、お前大したもんだなー」
ぱちぱちぱち。周りの猫たちは一斉に拍手して褒め讃えたが、何故か一番喜びそうなタンブルブルータスはフクザツな表情で微妙に目を反らしていた。
「いつの間にあんな技まで…」
「ん？ どうしたんだタンブル？」
「いや、その…」
「それでねそれでね、ぱうんきょうねっ」
「わーっ！！」
タンブルは大声を上げて余計なことをしゃべりそうな弟の口を塞いだ。
「パウン！！ お前今日は朝からずーっと跳んでて疲れただろ？！ お兄ちゃんと一緒に帰ってごはん食べよう。な、そうしよう」
「えー。ぱうんつかれてないよぅ。あしょぶのー」
「そんなこと言ってこないだ起きられなくなっただろ？ もう帰るの」
「み〜〜〜」
「そ、そーいうことだからまたねマンカス！ また明日来るから！」
「みゅ〜〜〜。ぱうんあしょぶの〜〜」
ずりずりずり。パウンシヴァルはタンブルブルータスに引きずられてゴミ捨て場から消えた。
「…何なんだ？」
「さ、さあ……」
「気にしない方が良いよっ、うん」
「そーそー。タンブルの奴も何か最近疲れてるみたいだしなー」
ミストフェリーズ、スキンブルシャンクス、ラム・タム・タガーの３匹が、口々に（微妙に目を逸らしつつ）言う。３匹の心は一致していた。
（逃げやがった…）
「……お前達も変だぞ」
「そっそう？！ そんなことないよっ気のせいじゃないっ？！」
「そーだよマンカス。別に僕たちは何も、ねえ？！」
「ははははっははは」
あからさまに不審である。
「気にしないでうん。つまんないこと気にしてると体にもよくないし、そんなことより遊ぼうよ」
「そーだよお兄ちゃんー」
「遊んで遊んで」
「あのねーぼくもジャンプ上手くなったんだよ」
ミストフェリーズの必死のごまかしは、他の子どもたちが乗ってくれたおかげでなんとか効いたようだった。密かに胸をなで下ろしつつ、スキンブルシャンクスとミストフェリーズは遊びの輪に加わった。ラム・タム・タガーはいつも通り、少し離れた土管の上に寝そべった。
平和は戻った……のだろう。多分。
「……パウン…いつまで跳ねてるつもりだ？」
「ずっとー。たのしいのー」
ぱうんぱうん。ぽーん。ぱふっ。
「……………………………………あのなあ」
「ぱうんじゃーんぷ！ げつめんちゅうがえりー」
ぱうーん。くるくるくるぽて。ぱふ。
…失敗。顔面から落下。しかし無傷。何故か無傷。
「失敗してるだろ、大丈夫か？ 第一どこが月面宙返り…て言うかどこで憶えたんだよそんな言葉」
「えっとねぇ…どこだったっけ？」
「いや、お兄ちゃんは知らないって」
「ねえ、げつめんちゅうがえりってなに？」
「知らんで言ってたんかい」
翌日。パウンシヴァルは家の居間にあるソファの上で延々と跳ね続けていた。ときどき着地に失敗してころころ転がったりもしている。タンブルブルータスは何だか脱力して側のテーブルの上でだらけている。
ちなみに、飼い主の娘（女子高生）は、カメラを持ち出してさっきから跳ね続けるパウンシヴァルの写真を取りまくっていた。
「これは…売れるかも。あいつとあいつが絶対買うわね。それは無理でも『猫の友』に投稿してやるわ。掲載されたら猫缶の新製品が当たるのよ」
友人に売るつもりらしい。商売のネタにされかけていることなどつゆ知らぬ仔猫は、元気に跳ねまくっている。
（スキンブルもそうだけど…なんでこう体力あるんだ？）
タンブルは完全に負けている。
「あのねおにーたん」
やっぱりあんまり反省していなさそうなパウンシヴァルが、きらきら目で話しかけてきた。
「ん？ 何？」
「ぱうんね、ゆうべゆめみたの」
「へえ…どんな？」
「あのね、ぱうんおそらとんでたの。とりしゃさんみたいにね、はねがはえてとんでたの」
「あ……そう」
「ぱうんだけじゃなくてね、おにーたんもしゅきんぶるおにいちゃんもみしゅとおにいちゃんもたがーおにいちゃんもまんかしゅおにいちゃんもみーんないっしょにとんでたの。すごーくすごーくたのしかったの」
「そうか…」
「それでね、ぱうんがね、またおっこっちゃったらこわいなっておもってたらね、おにーたんがパウンのおててもってね、だいじょうぶだよっていってくれたの。だからねぱうんね、すごくうれしかったの」
「そっか」
タンブルブルータスはパウンシヴァルのふわふわした頭を撫でた。全体的によく似た毛色の兄弟だが、弟の方が少し毛足が長い。
「よかったな、またとべて」
「うんっ！！ ぱうんすごーくたのしかったの！」
パウンシヴァルは目をきらきら輝かせている。もう誰も止められない状態である。
「おにーたん、ぱうんじょうずにとべるでしょ？」
「ああ。上手だよ…」
「おそらとぶのもたのしかったけど、じゃんぷするのもたのしいよねっ」
「あー……空飛ぶくらいならジャンプだけにしといてくれな」
「……………おそら、だめ？ またとびたいなー」
「だめっ！ それだけは絶対にっ！ 空飛ぶのはもう夢の中でだけにしときなさい！」
「……みゅ〜」
「スキンブルの真似して可愛く首傾げてもだめ！ もうあんな危ないことは許しません」
「……………けちー」
「怒るよパウン」
「み…」
普段優しい（と言うか甘い）兄の、珍しく本気の表情に、さすがのパウンもそれ以上は押せなくなった。
「今日は無事だったけど、また落っこちたりしてほんとに怪我したらどうするの？ それに、ひとりで飛んでて烏とかに襲われたら誰も助けに行けないんだよ。パウン烏と闘える？」
どちらかというと、今日襲われなかったのが僥倖なのではないか？ 鳥から見れば、前代未聞、古今未曾有の不審物体であろう。
「みゅ……ごめんなしゃいなの」
「分かったらちょっとは大人しくしてなさい」
「はいなの…」
パウンシヴァルは素直に大人しくなった。兄の威厳はなんとか回復されたようである。タンブルブルータスはほっとしつつ思った。
それにしても今の説教……マンカスに似てたな、と。
シュンとしている弟に言う。
「…ミストがさ、言ってたよ。空飛ぶ夢見るためのおまじない」
「ほんと？！ どうするの？」
「大したことじゃないけどさ。夜寝る前に、お月様にお願いするんだって。パウンはお空を飛んでみたいです…って」
要するに思いこみだ。ミスト曰く、夢ってのは見るひとの願望が現れるものだから、そういう風に思い込めばけっこう見られるものなのだそうだ。自覚していれば難しいだろうが「お月様にお願いする」という形で外部の力を信じ込めば云々。
「そしたらまたおそらとべるの？！」
「ほんとに飛ぶのはだめ。でも、そうしたらまた夢の中で空を飛べるよ。今度からそうしなさい」
「うん！！ おきてるときはじゃんぷするねっ！ ね、こんどあそこのえんとつからじゃんぷしていい？」
「……それもやめろっ！！」
７．えぴろーぐ
それから一月ほどの間、近所の小学生を中心に、「空を飛ぶ猫がいる」というあやしい噂が流行っていることを、マンカストラップは飼い主（一応）の＜教授＞から聞いて知った。
始めのうちはただ単に、「ゴミ捨て場の辺りで猫が空を飛んでいた」というものであったが、そのうちエスカレートし、「カラスと空中戦を演じていた」「電線の上で踊っていた」「電線を利用して段違い平行棒を演じていた」「あれは猫型をしたＵＦＯである」「いやそうではなく、猫がＵＦＯによってアブタクションされていたのだ」などというひたすら馬鹿馬鹿しいものになっていったそうである。どこから思いついたやら。
その話をマンカストラップから聞かされて子どもたちは「何それー」「へんー」などと言って面白がっていたが、ごく一部の約４名ほどはフクザツな表情で顔を見合わせ、ある一名は何か言おうとした瞬間にその４名に取り押さえられた。
…その後彼らがどうなったかは、読者のご想像にお任せします。
確かなことは、ラム・タム・タガー君がその後しばらくの間、タンブルブルータス・スキンブルシャンクス・ミストフェリーズの３匹からいぢめられていたことである。彼が現れると「たがぁお兄ちゃんだぁい好きｖ」などと言ってすり寄って行くのだ。タガーが一番嫌がることである。
パウンシヴァルはタンブルブルータスの説教が効いたのか（ミストフェリーズに「誰が何と言おうと絶対いやっ」と言い渡されたせいもあるが）それ以来「おそらとびたい」とは言い出さなかったが、その分ジャンプに身を入れ、ますます腕を上げているようである。
そしてタンブルブルータスは、空飛ぶ代わりに高いところから飛び降りることに喜びを見出した弟が、遠出して５階建てアパートまで行って飛び降りたがるのを制止するのに、神経をすり減らしているのだった。
＜了＞
《あとがき》
ああ莫迦話。パウンネタです。なんか勢いで書いちゃったし。
パウンシヴァルは四季キャッツにはいない、ビデオに登場する猫です。特に派手な活躍はしないけど、細かいところでお茶目をしてけっこう目立つ、なかなかおいしい奴です。
彼が高いところから飛び降りるのが好きなのは本当です。「ジェリクル・ソング」の時にやってくれています。その他、バストファージョーンズさんにあしらわれてこけるし、ランパスキャットの歌の時もマンカストラップにこけさせられてるし（池乃めだかだし…）、よくこけてていちいち可愛いので、かなり仔猫ということになっていますね私の中で。ミストより年下、完全に赤ちゃんにしちゃったし。
その他にもグリザベラに手を差し延べる振りをして引っ掻くなどのイタズラにも余念がありません。やんちゃ坊主ですね。実に可愛いです。
因みに、タンブルブルータスとパウンシヴァルが兄弟であるという設定は完全にオリジナルです（つーか私が勝手に決めた）。また、ビデオのタンブルは四季の彼とは別猫です。四季のタンブルブルータス＝ビデオのコリコパット、なのですね。四季のコリコはまだ見分けられないのでビデオタンブルに相当するのかどうか分からないのよ。と言うわけで、この話の設定はビデオを基本としていると思って下さい。まあ、いずれにせよオリジナル入ってるわけですが。
ただ単に、パウンには苦労させられているお兄ちゃんとかいたらいいなと思って、そのときそういえばタンブルとパウンは色が似ていたなと思い付いたわけです。このふたり仲良いし。タンブルは若い猫ですがわりと落ち着いた感じに見えるので、いかにもお兄ちゃんで良いじゃないかと思いまして。いや、正直に言うと、私兄弟姉妹って設定好きなんですよね。
…と、そんなふうに出来たシリーズです。如何でしたでしょうか。
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