マジカル・レイルウェイ・ジェリクルキャット
１．その夜、スコットランド行き夜行列車は順調に北上中だった。
そして、鉄道猫スキンブルシャンクスは元気にお仕事中だった。
「お仕事お仕事楽しいな〜。皆さま、御用の際はスキンブルにお申し付け下さいませっ。良い旅を〜」
お客さんは既にほとんど寝ていたが、起きている者は彼の長いしっぽがぴょこぴょこ揺れるのを見て目を潤ませていた。
可愛い。
「初めて見たわ。本当にいるのね、鉄道猫…なんて可愛らしい上に働き者なの」
そう言って目を細める老婦人がいるかと思えば、
「ああ。今日出張を命じてくれてありがとうございます課長……もう二度と雑巾でデスクを拭いたり靴の裏に課長の名前を書いて犬の糞を踏んだり課長の写真に針をぷすぷす刺したりあまつさえ堆肥に埋めたりしないと誓います…」
そんなことを呟いているサラリーマンらしい男もいたりする。
………そんなことしてたのか。
「ネズミもゴキブリもいませんね〜。お客さんも静かですね〜。結構けっこう」
そしてスキンブルは、自分がちょっとした人間関係の改善に役立ったことなど気付く由もなく、元気に見回りを続けていた。
その夜、ジャンクヤードは宴会だった。
誰が持ち込んだのか酒瓶が大量に林立している。そしてその周りでは、猫たちが盛り上がっていた。
既に眠ってしまった（というか事態の成り行きを見越したマンカスが早急に寝かしつけた）シラバブなど一部の仔猫を除けば、群れのほとんどが一堂に会している。
そして、どいつもこいつも酔っぱらっていた。
かくして始まるのは────隠し芸大会である。「いっちばんギルバート！ カンフーの殺陣やります！！ こないだ新技開発してさあ…って、ああっコリコにカーバ！！ 何故逃げる？！」
「じょーだんじゃねえ逃げいでか！！」
「誰が実験台になるもんかぁあッ！！」「二番、マンゴジェリー＆ランペルティーザ！！ 皆さま、懐中物のご確認を〜」
「あーっ、あたしの首輪がない！！」
「ワシのモノクルが〜！！」
「おっさんモノクルってそれ栓抜きじゃ……ッてーなマンカスなんで殴るんだよ？！」
「お前たち！！ さっさと返しなさい！！」「三番、ジェニエニドッツ！！ ゴキブリにタップダンスを踊らせます！！」
「イヤ─────ッッッ！！！！！」
「やめて────────ッッッッ！！！！！」
「……すみません。それはやめていただけますか、おばさん…」
「あらそう？ せっかく新しい振りを覚えさせたのにねえ…」「あー、おほん。四番、デュトロノミー………儂の若い頃の話をひとつ………」
「オールド・デュトロノミー、結構ですから」
「………マンカスお主、最近儂に冷たくないか？ これだから最近の若いモンはのう…」「では、五番アスパラガス。儂の往年の当たり役を……ぐはぁあッ！！ 腰がッ！！」
「きゃーっ！！ 誰かお医者様を！！」「六番、タンブルブルータス＆カッサンドラ！！ ふたりで愛のダンスを踊ります！」
「引っ込め幸せ者ー！！」
「誰も見たくねーぞ！！」
「このバカップルー！！」
「何ぃっ？！ じゃあ、俺とカッサンドラの愛の物語を聞きたいと！？」
「よけいにいらんわ！！」「七番ラム・タム・タガー、ナンパを…」
「せんでいいッ！！」
「帰れお前はッ！！」
「えー、タガーナンパしてくれないのー？」
「ら、ランペ…」「では、八番バストファージョーンズ。最近の経済の動向について…」
「誰にも分かりませんってそんな話」
「何っ？！ 人間の世界では景気回復が待たれているというのに、誰も聞きたくないと言うのか？！ 他にもデフレ傾向とか累積赤字とか貿易問題とか口蹄疫とか色々とあっぷつーでいとな話題があるのだぞ！！」
「俺達は猫だから関係ないです」
「……冷たいのぅ…。んじゃ、最近見つけた美味い店の話はどーじゃ？ 魚料理がかなりイケるんじゃ。ついでにウェイトレスも可愛いんじゃが」
「いいですけど、その落差は一体何なんですか…？」「おーっほっほっほっほ、九番ボンバルリーナ！！ 私のセクシーダンスを見て鼻血吹くんじゃないわよ男ども！！」
「そーいうのはやめろと言ってるだろーが！！」
「ええっ、マンカス何で止めるんだよー！！」
「見たいー見たいー見ようよー」
「だめっ！！ 絶対に！！ 教育に悪い！！」
「ちょっとそれどういう意味よマンカス！！ このパーフェクトなナイスバディにケチつける気？！」
「どういう意味もこういう意味もあるかー！！！」「全く……どいつもこいつも…」
マンカストラップは溜め息をついた。さっきから勝手な芸を披露しようとする（そしていらぬ騒ぎを起こす）連中を止めるのに大忙しである。
「マンカス〜、大変だね〜」
すっかり酔っぱらっているミストフェリーズがすり寄ってきた。既にかなり飲んでいるらしく、ろれつが怪しくなっている。いつもは神秘的な金色の瞳も、とろ〜んとなっている。
「…ってミストお前、どれだけ飲んでるんだ？！ 子どもはあんまり飲んじゃダメだって言っただろう」
「だってタガーが注ぐんだもーん。にゃはははははスコッチって結構美味しいよね〜」
「あのアホは……ミスト！！ だから飲むんじゃない！！」
「マンカスも飲もうよ〜。にゃんでマンカスだけ素面なの〜？ つまんにゃいよ〜」
「素面って、どこで憶えたんだそんな言葉……。俺は飲んでる！ ほどほどにしてるから酔ってないだけだ！」
「つまんない〜。マンカスももっと飲むの〜酔っぱらうの〜」
「あ、あのな……」
ミストフェリーズは、無理矢理マンカストラップに酒ビンを押しつけてけたけた笑っている。仔猫のくせにタチの悪い酔っぱらいである。
「ねえねえマンカス〜。何でしゅきんぶるいないの〜？」
さらに「うにゃ〜」などと言いながらもたれかかりつつ、ミストが訊いた。
「お前、スキンブルってちゃんと発音できなくなってるんだからもう飲むなよ…」
「いいじゃにゃい〜。しゅきんぶるどこ〜？」
「スキンブルは今日仕事だって言ってただろ？ 今頃列車の中だ」
「え〜つまんなーい」
「つまんないって言ったって、しょうがないだろ」
「つまんないつまんない〜。遊びたいの〜。しゅきんぶる呼んで〜」
無茶を言い出す酔っぱらいであった。どうやら本格的に幼児化しているらしい。
「呼べるか！！」
「にゃんで〜？」
「……あのな、スキンブルは今遠くにいるの。どんなに頑張っても来られないの。大体どうやって呼ぶんだよ」
「む〜」
「むくれても無理なものは無理。ほら、お前はもう寝なさい。全く子どものくせにどれだけ飲んだんだ」
「…いいもん。マンカスが呼んでくれないんだったら僕が呼ぶもんっ」
「はあ？」
ミストフェリーズはそう言うと、決然と立ち上がった。そしてちょっぴりよろめきつつ（やっぱり酔っぱらっているのだ）、宣言した。
「十番、ミストフェリーズ！！ スキンブルを呼びますっ！！」
「おーっ！ ミストのマジック！」
「待ってました！！」
「真打ち登場ね！」
「スキンブル出すのか？ 頑張れよー」
「………ちょっと待てぇええっ！！」
マンカストラップの制止の声は、喧騒のジャンクヤードに空しく響いた。２．
「あー、今夜は平和だー」
見回りが一段落したスキンブルは、車掌室で休憩中だった。紅茶にスコッチをほんの少し垂らしたものを飲める程度に冷まして（猫舌なのだ）ゆっくりと飲む。ちなみにカップは彼のファンの常連客がプレゼントしてくれた特製である。猫の足跡が描かれているのだ。
「うーん、おいしｖ この一杯のために生きてるって感じですねー」
何かのパクリのような台詞を呟きつつ、風呂上がりのオヤジのようにくつろぐ労働者猫であった。
………かつて遙かな東の国に、ひとりの男がいた。乱れた国を憂えて何度も君主に進言したが容れられず、ついに湖に身を投げて死んだという。
彼を題材にした詩がある。
水辺でひとり嘆く男のそばに、漁夫がやってきて何を嘆くのかと訪ねる。男は答える。
「世の人々は皆酔い、私ひとりが醒めているのだ」
漁夫は言う。
「世の人々が酔っているのなら、何故自分も進んで酔おうとしないのか」
・・・・・・
周りが酔っているときには一緒に酔ってしまう方が良い。不真面目な連中の中で自分ひとりだけ真面目だといらぬ苦労をすることになるという、ありがたい教えである（何かが微妙に違うかもしれないが）。
マンカストラップは再び思いっきり溜め息をついた。ああ、こういうときに心から羽目を外せない自分の性格が憎い。
「ミスト、馬鹿な真似はやめなさい！！」
「やだもーん。スキンブル呼びまーす！！」
「あああ………聞いちゃいないし…」
マンカストラップは三度溜め息をついた。気付きたくもない事実を、それでも悟らずにはいられない。
……酔っぱらいに勝てる素面の者はこの世に存在しないのだ。ミストフェリーズは胸を張ってジャンクヤードの中央に進み出た。
「おおーっ！！ ついに！ ミスター・ミストフェリーズ、満を持しての登場です！！」
すかさず司会者になるラム・タム・タガー。
「レッディイス・エェ〜ンド・ジェントルメン！！ ご紹介します！！」
「せんでいいッ！！ どさくさに紛れて酔っぱらいを乗せるな！！ とめんか！！」
マンカストラップはタガーの後頭部を張り倒したが、やはり酔っぱらっているタガーには大したダメージは与えられなかった。
「世紀の天才魔術師ミスター・ミストフェリーズ！！ 果たして今夜はどんなマジックを見せてくれるのでしょうか！！ 今ここに、我々の目の前で奇跡が起ころうとしております！！！」
盛り上げまくっている。
「……お前って実は意外とそっち方面の方が才能あるんじゃないのか…？」
いい加減真面目に対処したくなくなってきたので、ちょっとだけ馬鹿に付き合ってみるマンカストラップであった。それでも思い切れていない辺りが哀しい。
ミストはタガーの司会に乗せられたわけでもないだろうが、思いっきりカッコつけて空中から赤い布を取り出すパフォーマンスなどをしている。周囲では無責任な拍手が湧き起こっていたりもする。空き缶を叩いてドラムの真似をしている者もいる。
マンカストラップは止める気をなくした。
もー知らん。
「今頃みんなは何してるかなー？ そういえばジョーンズさんがお家からお酒持ってくるとか言ってたっけー……みんなで宴会とかしてるのかな」
スコッチ入り紅茶を飲みながら窓の外を見、暗闇に浮かぶ地上の星のような町明かりを眺める。鉄道猫スキンブルシャンクス、至福のひとときである。
「マンカスっていくら飲んでも酔っぱらわないんだよねー。水と同じように飲むんだよね。で、タガーは強そうに見えて結構弱いんだ。ランパスは結構酒乱の気があるし、コリコは泣き上戸っぽくて面白いし、ミストは…お酒飲んだことなかったっけ。どうなるんだろ？」
どうなるのか知っていればこんな呑気な台詞を吐くことは出来まいが。知らぬが仏とはこのことである。
「あー、でも宴会楽しいだろうなー。みんな隠し芸とかしてさ。僕も参加したかったなー……でも、列車に乗るより楽しいことってないしなー」
このあたり、やはり天晴れ労働者の鑑である。カール・マルクスさんもご推奨だ。万国の労働者よ団結せよ（古い上に何か違う）。
「ま、いいや。さて、休憩終わったしお仕事お仕事……」
ひたすら元気なスキンブルは、ひとつ伸びをして立ち上がろうとした。
「すっきんぶるーｖ 一緒にあそぼー♪」
「ちょっと待て今のが呪文か？！」
下らないつっこみを入れたのはタガーである。
「そうだよー。良いじゃない別にこういうのは形式にとらわれちゃダメなんだよ」
「いや、そういう問題か……？」
「いいからいいから。マジック成功してるし」
確かに、超いい加減な呪文（？）の割に、ミストの赤い布の下には何かが出現していた。
「えー、すごーい」
「ほんとにスキンブル来たのー？」
無責任に盛り上がるギャラリー。
マンカストラップは集団から微妙に離れて目を反らした。
「……俺はもう知らないからな……」
「さっ、スキンブルーｖ 出っておいでー」
明るく言いつつミストはあっさりと布を取った。
「おいっミスト！！ こーいう場合はもうちょっとタメとか入れてもったい付けるもんじゃないのか？！」
「だから良いじゃないそんなこと気にしなくても。タガー結構細かい」
実にどうでも良い話をしているふたりは気にしていなかったが、布の下から現れた猫はぼーぜんとしていた。
「にゃに？！ ここどこ？！ なんで僕ここにいるの？！ ぼっ、僕はお仕事中なのにー！！ どうなってるのー？！」
「わーいスキンブルだー。マジック大成功ー」
酔っぱらっているミストフェリーズは、ともかく明るい。何かキャラ変わってるし。
「ミスト？！ 何すんだよー、僕お仕事中なのに！！ 早く戻してよ、僕がいないと夜行列車が大変なんだから！！」
「あー、夜行列車も来てるよー」
「……はぁ？！」
「ほら、スキンブルと一緒にー」
ひたすらあっ軽くミストが指さした先に、確かに列車があった。ただし、ミニチュアサイズである。どう見ても、子どものおもちゃだ。
「………あれのどこが…」
「だってこれスキンブルと一緒に来たよ。スキンブルの列車でしょ」
「一緒に来たって、何かシュールな……って、そーいう問題じゃなーい！！」
やっと現実に目覚めたらしいスキンブルは、唐突にパニックに陥った。無理もない。
「っきゃー！！ 列車が小さくなってるー！！！ お、お客さんは？！ 運転手さんは車掌さんは？！！ みんなちっちゃくなっちゃってるの？！ ど、どうすんだよ！！ ああ、こんなことしてたらちゃんと駅に着けなくなる！！ 僕の乗ってる列車でこんなトラブルが起こるなんてー！！」
「………さすがだなスキンブル。見事にプロ意識溢れるパニクり方だ…」
「タガー何呑気なこと言ってんだよ！ さっさと戻してよミスト！！ 早く戻らないと列車が遅れる！！」
「………スキンブル遊ばないの？」
「遊ばないの！！ 今日は仕事なのー！！」
「………けちー」
「……ミスト何か変だよ？ 幼児化してない？」
「してる。ミスト、馬鹿な真似はやめてさっさとスキンブルと列車を元に戻しなさい」
結局見かねたマンカスが、タガーを押しのけつつ現れた。
「みゅー」
「赤ん坊の振りしてだだをこねるんじゃない。スキンブルが困るだろう」
「早く戻してよー！！！！」
「ほら、スキンブルがパニクってるし」
「……分かったよ。マンカスのけちー」
「…お前な」
ミストフェリーズはふくれっ面になりながらも再び布を持ち直した。
「んじゃ、スキンブルこっちに来て。元に戻すから」
「ちゃんと戻してよ…」
「戻すよー」
実に信頼できない軽い口調であった。
「あーあ、スキンブルと遊びたかったのにぃ……えーい、戻れ！！」
そして相変わらずいい加減な呪文であった。
赤い布が風をはらんだように一瞬大きく膨らんだ。布を透かして、まばゆい光が輝く。そして、ミストフェリーズは優雅な手つきで布を取った。
＜続く＞
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