UPENDI１．KOVU
「何よ父さんの分からず屋！！ いい加減にしてよ！」
「お前こそ、いつまでも我が儘ばかり言うのは止めなさい！」
「我が儘じゃないわよ！！ 父さんの馬鹿ーッ！！ もう知らないッ！！！」
「キアラ、待ちなさい！！」
………まただよ…。
「大体父さんはわたしのこと構い過ぎるのよ！ わたしはもう子どもじゃないっていつも言ってるのに、どうして分かってくれないの？！」
「…まあ親っていうのはそういうものなんじゃないの？ よく知らないけど…」
「出かけるたびにどこへ行くんだとかいつ帰るだとかひとりで行くなとか、うるさいって何遍言ったら分かるのよ！！ わたしはお人形じゃないわ！」
「そうだね…」
「あげくにこっそり後尾けさせたりするんだから！ 冗談じゃないわよあの過干渉！！ ねえちょっとコブ聞いてる？！」
「聞いてるよ。って言うか、いやでも聞こえるんだけどそれだけすぐそばで大声出してたら」
「わたしはもう子どもじゃないのよ！！ 自分のことぐらい自分で決めるの！ それをいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも子ども扱いして…」
「あのさ、キアラ……」
「いい加減にしてよもうほんとに！！」「…君こそ俺の言うこと全然聞いてないだろ？」
「………まあ、言わしといたりぃな。いつものことやねんし」
「うんうん。元気なんはええことやでぇ」
「いつものことだからなんだけどなぁ……元気って言われても」
そのこと自体は別に、悪い訳じゃないけどね。
「父さんの馬鹿ーっ！！ 馬鹿親父ッ！！ 家出してやるっ！！」
……３日に一度の割合でこれを聞かされる方の身にもなって欲しいと思う。
「……こーなったら駆け落ちよ。一緒に来てくれるわよねコブ」
これも１０日に一度は聞かされる台詞なんだけど。
俺は仕方なく溜息をついた。
「……またシンバと喧嘩したんだ？ キアラ…」
「父さんが悪いのよ！！ わたしのことちっとも分かってくれないんだから！ そもそも…」
「いや、そこから先は概ね分かるから言わなくても良い」
もう何十回となく聞かされたし。いい加減、復唱できる程度には憶えたぞ。
「分かってるんなら話は早いじゃない。さあ行きましょう」
「どこへ？！」
「どこだって良いわよ！ どこでだって生きていけるわ、あの過保護親父がいないところに行くの！！」
「落ち付けってば。もう、喧嘩するたびにそういうこと言い出すのいい加減にしろよ」
「何よ、コブまで父さんの肩持つの？！」
「そうじゃないって…気持ちは分かるけど、一時の感情でそういう過激な行動に出ないように、ね？」
何かもう、この手の話も飽きるほどやってるぞ。
「むーっ……」
むくれるなよ。
……そう思ったとき、彼女は不意にひどく真剣な顔で口を開いた。「…コブって、結局父さんに遠慮してるわよね」
「遠慮？」
「そうよ。いつもそうやって波風立てないようにするの。気を使ってるようにしか見えないわよ」
「そういうつもりはないけど…」
「つもりがなくたってそうなのよ！ ときどき見てられないわよ、あなたって無意識に周りに気を使って自分のやりたいこと押さえつけてるでしょ？ そういうの、やめて欲しいわよ。……父さんだって同じよ。あなたを見る度に何を考えてるか、一目で分かるもの…」
「………………」
……シンバは俺の中にスカーの面影を見出している。それは無理もないことだと思う。
「わたしはいやよ。コブはスカーじゃないもの。父さんがそういう目であなたを見るの、すごくいやなの。
…分かってるわよ、父さんだってちゃんと分かってあなたを受け入れてくれたんだって……でも、それでもやっぱり心の底では許してないんだって思ったらやりきれないの」
「……それは…仕方ないよ。理屈ではちゃんと分かってても、感情が納得しきれないなんてこといくらでもある。そういうの、周りが何て言ったって説得することは出来ないんじゃないかな」
「そんなことわたしだって分かるわよ！ だからいやなんじゃない。仕方ないなんて言わないでよ、どうしてそんなに簡単に諦められるの？」
シンバにそっくりな茶色の瞳が真っ直ぐに見つめてくる。迷うことなく前を見つめる、意志と力を秘めた美しい瞳。初めて見たときから、とても綺麗だと思った。
その瞳が、わずかに潤んでいるように見えた。
「…俺はスカーの後継ぎだったんだ」
「関係ないわ！！」
キアラは激しくかぶりを振って叫んだ。
「そんなこと、関係ないわ。わたしはムファサもスカーも知らない。生まれる前に死んでしまったひとたちなのよ。どうしてなの。どうしていつまでもそんなことにこだわるの？ 父さんも、あなたも！」
「関係なくないんだよ」
哀しいことではあるけれど、それは事実だ。
「シンバはムファサの息子で、俺はスカーの心を受け継いでいる。そして、スカーはムファサを殺してシンバを追放した、それは事実なんだ。彼にとっては関係ないなんて到底言えないんだよ。『そんなこと』じゃすまないんだ…過去は変えられないし、心も変えられない」
「だって…じゃあ、あなたはどうなの。父さんを恨んでる？ スカーを殺したのは父さんよ。あなた達を追放したのも。それも事実よ、どんなに恨まれても仕方がないのは同じじゃないの？」
「…！」
不意をつかれた。左目の傷が、ずきんと痛んだ気がした。
「俺は…」
俺はどうなんだろう。
「……シンバを憎めと教えられた。…彼は敵だって、どんな手を使ってもシンバを殺して、王国を取り戻す……それが使命だと言われて」
そう信じていたはずだった。少しも迷わずに、俺は彼を殺せるはずだった。それが出来なかったのは何故なんだろう。
いや、答えははっきりしているんだけど。
「昔の争いに実感がないのは君と同じかもしれない。俺もムファサは知らないし、スカーのこともほとんど憶えてないから、客観的に見られるのかな。……母さんと違って……無理矢理植え付けられた憎しみだったから、消えやすかったんだよ」
でも、それだけじゃない。俺は多分、スカーがムファサを憎んだ理由が分かると思う。俺はスカーの心を受け継いでいる、間違いない証拠だ。
それでも…
それだけじゃ俺はここにはいられない。教えられてきたことが間違いだと、簡単に受け入れられたのは他に理由があるからだ。
「今の俺はシンバを憎んだりしてないよ。でも、それは俺がスカーとは違うからじゃない。自分で分かってる」
「じゃあ、どうして？」
キアラは心から不思議そうに訊いた。
「君がいたからだよ」
＜つづく＞
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