〜Stelae〜
物言わぬ、空の番人よ・・・・・
少年は夜が好きだった。
明るすぎる太陽がこの世の醜さをさらしものにする昼間よりも、何もかもが闇に沈んで、星明かりの下に優しく浮かび上がる夜が好きだった。
静かな星明かりの中でなら、どんなに醜いものも少しは美しく見えるような気がしたからだ。
彼は自分の周りにあるものが醜いものばかりだと知っていた。牢獄も、その中にいる囚人達も、そして彼自身も、みな救いようもなく醜く汚らわしい。
薄暗く悪臭に充ち、触れることさえ厭わしいほどに汚れた部屋の中で、少しでも美しいと思えるのは高い窓から差し込む陽の光だけだった。けれどその光が部屋の汚さをより明らかに見せるのだ。
光は美しいけれど、この世はあまりにも醜いのだ。光に照らされるにはこの世は醜すぎるというべきかもしれない。
いっそ光がなければいいとすら思った。そうすれば少なくとも醜いものを見ずにすむ。
だが、闇もまた許せないものだった。闇は全てを隠してしまう。醜いものをおし隠すだけの闇よりは、まだ明るい光の方が良い。だが、彼は自分自身が闇の中に生まれた身と知っていた。
闇に生まれ落ちた者は闇の中で生きることこそが相応しいと、そう思って彼は成長したのだった。
彼の母親は罪人だった。妊娠したまま投獄され、獄中で息子を産んで死んだ。父親もまた罪人だったらしい。彼は牢獄で育てられた。
父と母の罪が何であるかなど、彼は知らなかった。知ろうとも思わなかったし、知りたくもなかった。確かなのは彼らが罪人であったことだけで十分で、それ故に彼は両親を憎んだ。
罪を犯すことは悪だ。悪はこの世にあってはならぬものだ。そんな親から生まれたことを、彼は心から厭った。自分は生まれながらに社会からはみ出しているのだと思っていた。
だから・・・・
「星はね、空から人間を見張っているんだよ」
暗闇の中には悪魔が棲んでいる。美しいものも醜いものも、全てを呑み込もうとする悪魔が棲んでいる。
悪魔は人間にこっそりと近寄って、暗闇の奥に導こうとする。
「だから、神様が天使に命令したのさ。人間が悪魔にたぶらかされて悪さをしないように、夜の間も見張っておくようにってね」
あれは、誰が教えてくれたのだろう。牢獄の中の母だろうか。それとも、他の誰かだったか。
いずれにしても、それは大したことではないけれど。
「天使？ あの光は天使なの？ あの光がみんな？」
決してその位置を違えることなく、
「そうさ。天使は空からじっと人間を見つめてるんだよ。暗闇の中の悪魔が、人間に近寄ってこないように照らしながらね」
休むこともなく、ものも言わず、季節ごとに巡り巡り・・・・
「人間は、生まれたときには天国に行ける道の上を歩いてるんだ。でも、大抵の人間は途中で道を間違っちまう。そして、道を踏み外したら神様にみんな知られるのさ」
「知られたらどうなるの？」
「悪いことをしたら償わなきゃいけない。そうしないと、天国の道には戻れない」
「星はそれを見張っているの？」
静かに、確かに、
「ああ、そうだよ。そして、もしも役目を放り出したら、天使も地獄に堕ちて責められるのさ」・・・・・
永遠に・・・・・
暗闇の中には悪魔が棲んでいる。
ならばこの世は悪魔の巣だ。この世は闇そのものなのだから。神の光など申し訳程度にも届いていないではないか。
暗闇のそこここに、悪魔が潜んでいる。闇に紛れて人間に近寄り、道を誤らせようと狙っている。
それを照らすはずの天使は、ただ空から見ているだけなのか？
赦さない。
赦されてはならない。
この世に光が無いならば、私が星になる。私は、悪魔をただ見つめているだけの天使ではない。
私は堕ちることを知っている。だから私が堕ちることはない。
道を誤るものは───決して赦さない。
男は夜空を見上げた。
漆黒の空に、無数の光の欠片が散らばっている。
「そこで見ているが良い」
地を這う者達を、ただ見ているが良い。
星は輝きを失えば堕ちねばならぬ。
落ち行く先は、永劫の炎の中。決して抜け出すことなど出来ぬ地獄の底だ。それでも・・・・・
「堕ちることなど、恐れはせぬ・・・・」
男は真っ直ぐに前を見つめた。
信じるものは、ただひとつ。
永遠に・・・・・
＜了＞
＜あとがき＞
うをぉおおおお。あたしは何が言いたいんやぁあ。
ジャヴェールなんです。そのつもりなんです！！ なんか訳分かんないものを書いちゃったよぅ。ああ、一体どこへ行く気だ自分！！
私には珍しく随分短いのは、本気でどうにも出来なくなっちゃったからであります。とほ〜・・・・・
ジャヴェールって『レ・ミゼラブル』で一番好きなキャラなんですが・・・・何かとんでもない人になっちゃった。て言うか、まあこういう人だと私が思ってるわけ・・・なのですねえ。
バルジャンが闇の中で見出した救いの光は、銀の燭台に灯された蝋燭の小さな明かりだったけれど、ジャヴェールにとってのそれもまた、明るく輝く太陽の光ではなく暗闇を僅かに照らす星の光だったのですねえ。泣けるわ。
えー、タイトルはラテン語です。「星」を意味する‘stela’の複数形呼格。呼格とは、「〜よ」と呼びかける形です。つまり、「星よ」ですね。『スターズ』、好きや。
本当はフランス語を使いたかったのですが、「エトワール」って、別物だよどう考えても・・・。
・・・・以上で、無駄なあがきはやめることにいたします。最後に一言。ごめん、ジャヴェール。
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