スウィーニー・トッド　フリート街の悪魔の理髪師　　２０１６年５月１４日夜公演
シアターBRAVA!　一階S席

スウィーニー・トッド：市村正親 ミセス・ラヴェット：大竹しのぶ 乞食女：芳本美代子 アンソニー：田代万里生

ジョアンナ：唯月ふうか ターピン：安崎求 ビードル：斉藤暁 トバイアス：武田真治

　元ネタは聞いたことがあって、しかも実話が元という話もあって何とも言えんのですが（ひいいいい）、面白かったです！
　何せ登場人物のほとんどが良い感じに狂ってて何とも言えないのですが、それが絡み合ってクライマックスへなだれ込んでいく二幕では本気で手に汗握りました。素晴らしいです。
　……っていうか、何て後味の悪い話なんだ！（褒めています）
　何という救いのなさ。いや、救いが皆無ではないんですが、そもそもこんな話でハッピーエンドはあり得ないと分かってはいましたが、でもこれは……うわあああああああ……（繰り返しますが、褒めています）
　しかし、見事です。
「伝説的殺人鬼」として世界に残ってしまえるラストの展開ですよね。そうかーこうなるのか！
　不協和音の多い、不安感をかき立てるような音楽ですが、たまにとても美しい（「プリティ・ウーマン」とか「僕がついてる」とか）のが逆にぞっとさせてくれるのがまた良いです。ミュージカル音楽を集めたCDで、演目のどこで歌われるのかを知らずに聞いたときは普通にきれいな歌と思っていたのですが…、うわあこれこんな歌だったんだ……。
　それにしても、これ、歌うの相当難しいですよね。皆さんさすがです。 　キャスト感想です。いやあ、メインキャスト全員めちゃくちゃ上手くて素晴らしかったですね！

■スウィーニー・トッド（市村正親）
　すごい。
　……この一言で終わっちゃ駄目ですかね、やっぱり。
　最初のところは十分理解出来る話なのに。彼の怒りと憎しみは正当だし、「復讐」それ自体は全ての観客が納得せざるを得ないはずなのに、一気に暴走して狂気に突き進むその様が恐ろしいです。
　待ってお願い待って！　それあなたの復讐とは関係ないよね！！　そんな理屈で殺人肯定するなー！！　いやあああああ！！
　まあ剃刀に「我が友」と語りかけた辺りで既にだいぶ越えてはいけない一線を越えかけていた気はしますがね。
　目つきが危なすぎてどう見ても大事な商売道具とかそういうまともな意味に聞こえませんがな！
本当にすごいなあ市村正親！
　……あれが１５年前から変わっていない感性だったとすると、この人実は元から結構……いや、そうは思いたくないんですが、でも、そもそも最初の船が難破っていうのも……やっぱりこの人が何かやったんじゃないのかなあ……！
　と思わせる怖さでした。
　何が怖いって、パイの正体を実にあっさりと受け入れて、小説家は筋が多いだの政治家は腹が真っ黒だのと笑わせてくれるネタにしているところが心底怖い。
　言っていることは身の毛もよだつようなおぞましい犯罪計画なのに！　笑えるのが怖い！！
　ところで、都知事は「温泉の匂いがする」
　大統領は「トランプは苦手」
　時事ネタ入るんですね。（笑）　うん、ここは笑って良いところですね。ブラックだなー。（笑）

　何の関係もない人を大勢殺しまくっている（どう考えても復讐とは関係も必然性もない）以上、同情の余地はないし、一応復讐は遂げているので救いがなくは……いや、彼に関してはないですか、これは。うわあああ。
　あと、アンソニーに「ジョアンナを救い出したらここへ連れてこい」と言うのも変ですよね。ターピンをおびき寄せる口実に彼女を使うにしても、実際に連れてくる必要はないはず……と言うか彼女がいたら話がややこしくなるだけでは？　目的はターピンを殺すことなのだから、ジョアンナが彼と鉢合わせしてしまったらむしろその邪魔になるのに。現にそのせいでああいうことに……。
　元はアンソニーから頼まれたこととは言え、計画のためなら適当に理由付けてどこか他の場所に隠れてもらうべきだったんじゃ……あの、やっぱりターピンを殺した後、アンソニーも殺してジョアンナを取り戻すつもりだったりしました……？
　考えてみれば、「気付かなかった」のは、つまりもうどうしようもなく踏み外していたってことなんですかね。救い、ないなあ。
　何にせよ、凄まじい迫力でありました。すごい。やっぱりこの一言で十分だな。

　しかし、「○○へ行くと言って家を出た人が戻ってこない」という事件が頻発したら、その○○に該当する場所とその周辺に何かあるのでは、と疑われるのは当然なので、たとえどんなに上手く死体を処理していてもとっ捕まるのは時間の問題だったと思うのですが……。いや、その前に絶対噂になりますよね。殺した客の家族が押しかけてきたりしたら実質終わりですよね。その都度殺すのはさすがに無理があるでしょうよ。
　そうなる前に全部済んだのは救い……なのかなあ？　いや、うん、違いますよね……。

■ミセス・ラヴェット（大竹しのぶ）
　ある意味トッドより狂っててこの人もすごい！！
　トッドは「普通の人が悲惨な運命に弄ばれた末に狂っていった」というのが分かるわけですが、彼女は特に理由はないのに実にあっけらかんと逸脱しているわけで。かと思えばトッドに見せる可愛げというか女心というか、そういうのは本当にごく普通の女性のようで、そこが何より怖いです。何でこんなの同居出来るの。ひいいいい。
　考えてみればトッドがあそこまで暴走したのも彼女がいたからこそですし。おそろしや〜。
　海辺の家でどうこうと夢を語りながら、同じ調子で「客を招いて剃刀を」などと付け加えるところ、本気で背筋が凍りました。さらっとアンソニーを殺すよう唆していたし、あれだけ自分を慕っているトビーのことも秘密を知られるとあっさり「始末しなきゃ」と言っているし、トッド以外の相手は本当に誰であっても罪悪感なく殺せるんじゃ……。
「仕方ない」と自分に言い訳してどんな残酷なことも平気で出来る人なんじゃ……。あんた倫理観とかないのか。
　さりとて、サイコパスにしては普通すぎるんですよね。そこがより怖いんですが。
　トッドに本当のことを言わなかった（というかわざと誤解させるような言い方をした）のは、最初は言い訳通りの理由でも、その後は今も愛されているルーシーへの嫉妬があるんだろうし、それは理解出来る心情なんですよね。確かに酷いけど、恋する女としてついそうしてしまった出来心はある意味普通と言えると思うのです。
　普通の女としての可愛い（本当に可愛いんだ、これが！　大竹しのぶってすごいなあ）顔と、平然と人肉パイを発案する残忍非道な顔に特に落差が感じられないのが凄まじいです。
　悲惨な過去という明確なきっかけがあるトッドはまだ理解出来るけど、彼女は本当に当然のように笑顔で道を踏み外し、そして同じ笑顔でけろっと戻ってくるような……こわいよー。トッドより絶対こっちの方が怖い人だよー！
　いや、もう、本当に凄まじい迫力でした。大竹しのぶすげぇええええ！
　当たり前ですが、トッドと彼女は本当にとんでもなく上手くないと出来ない役ですよね。すごいわー。我ながらアホみたいな語彙のなさですが、でもすごいわー！

■乞食女（芳本美代子）
　救いのない人ナンバーワン。
　うわあああああ……いや、ある程度は予想の付くところだったかもしれないけど……！
　彼女がこうなった直接の原因って、子どもを取り上げられたことの方なんじゃないのか、と思える節がちょっとありまして、もしそうだとしたら本気でターピン鬼畜だな、と。
　いっそ彼女の言うとおり、町が炎に包まれるくらいのカタストロフがあった方がすっきりしたかも、とすら思いましたよ。
　安らかにお眠りください。としかいえませぬ。はい。

■アンソニー（田代万里生）
　登場人物のほとんどが狂っているかろくでなしかのどちらかである中で、唯一の真人間でしたね！　彼の存在は本気で救いでした。
　正直、二幕で彼までおかしくならないかとハラハラしていたのですが、最後までまともなままでいてくれて心からほっとしましたよ。陰鬱な舞台の中でひとり輝いているような良い人っぷりが素晴らしかったです。
　本当に、爽やかだし親切だし優しいしまともに働いているし、やや暴走気味なところとタイミングが超悪いことと女口説くならまず名前名乗れというところくらいしかツッコミどころもなく、一服の清涼剤のような良い男で良い人ですよ。いてくれてありがとう！
　頼むから、頼むから幸せになってくれ君たちだけは……！と、縋り付くような思いで観ておりました。

■ジョアンナ（唯月ふうか）
　彼女まで殺されていたらどうしようかと本気で息を呑みました。
　良かった……彼女が無事だった（精神的には結構危ないと思うけど、アンソニーがいるから何とかな……って欲しい、切実に）のが唯一の救いだわ…。
　多分彼女は実の両親のことは何も知らないと思われるので、どうかこのまま、一切何も知らないままでいさせてやってくれと祈っております。トッド＝バーカーであることを知っている人間は全員死んでいるから、多分大丈夫ではあると思いますがね。ほんと頼みます。
　……それはともかく。 若さと追い詰められた状況のなせる業との合わせ技とは言え、展開、早いね。良いけどね。
　相手が真っ当な良い男だからまあ良いですけど。頼むから、本当に頼むから幸せになってくれ！
　あと、出来ればもう少し人の話は聞きましょうね。その感じが、歪んだ育て方をされてちょっと危ういところのある女の子という印象に繋がっていて良かったですが。

■ターピン（安崎求）
　どんだけ外道なんだ……というかこいつもこいつでじんわり狂っててお見事でした。
　うわああああ。こんなのが権力持ってるって嫌すぎる！
　こいつだけはもうちょっと苦しめて殺してやってよかった。と思うくらいでした。
　血のつながりがなくたって、「お父様」だった相手から求婚されて嬉しい娘がいるわけねえだろというツッコミ、誰か入れてやれ。彼女の両親にやったことを本気で忘れているとすると、本当に狂っているとしか思えませんね。
　ジョアンナにせまるシーンや、ジョアンナが自分を好いているはずと言い切るシーンは、安崎さんの見た目だけならふつーに渋い男前なので、余計にぞっとしました。

■ビードル（斉藤暁）
　一番「世の中に本当にいそう」だった人。こいつは狂ってはいない、ゲスだけど。
　でもいるよなこういう奴。本当に普通にいそうで、ごく普通の感覚で理解出来るので、ターピンよりも当たり前の意味で腹の立つ奴かもしれません。こいつには「ぶん殴ってやる！」と思うけど、ターピンは「近寄らないで」という感じで。あー、何にしても最低だな。
　ただ、普通の嫌なやつのようで、勝手に人の家のオルガン弾いて歌ってたり、ちょっと不気味なところもありましたね。
　ターピンと同じく、全く同情する必要がないろくでなしなので、このふたりに関してだけは「よくやった！」と言えるんですけどね……。

■トバイアス（武田真治）
　救いのない人ナンバーツー。
　えええええええええちょっと待ってこれってあのこの子この後どうなるのー！？
　ある意味一番「それはないだろー！（悲鳴）」と言いたくなるラストですよね？　あんまりじゃないのかこれ！
　しかし、純粋無垢であることは決して善とイコールではないのだなと見てて思いました。
　そう考えると、彼も怖いですね。そこまで気付いたんなら真っ直ぐ警察に駆け込んでお願いー！
　『僕が付いてる』、音楽が本当に清らかで美しいだけに背筋がゾワゾワしたんですけど！
　いや、それにしても本当にどうなるんだろうこの後……。
　ちょっと頭が弱くて幼児のように無邪気な感じとか、足を引きずる歩き方とか、ものすごく上手くて可愛らしく、純粋にミセス・ラヴェットを慕っている様子も微笑ましく（相手が相手だから陰惨なんだが）、それだけにもう……この後この子も狂っちゃうのかなと思えるラストがひどすぎて秀逸すぎる。うわああああああ。

　ちょっと気になったのですが。「剃刀で喉を切る」という殺し方をするととんでもない量の血が出ることになりますよね。後始末は大丈夫だったのでしょうか。
　背後に立ってやれば返り血は浴びずに済むかもしれませんが、頸動脈を切ったら本当に噴水みたいに血が出るというし、床が毎回血の海にならないかなー……と他人事ながら心配です。掃除中に次の客が来ちゃったらどうするのでしょう。血液はそう簡単には落ちないぞ。匂いもあるし、そうそう簡単に隠しおおせるものではないと思うのですが……。
　特に乞食女を殺したとき。直後にターピンが来ているので掃除をする時間なんかはまずなさそう、なのに気付かれていないというのはさすがに不自然ではないのかな。
　もしかしたら、頸動脈は上手く避けて気管を切っているのでしょうか？　それって剃刀で出来るものなのでしょうか？（細い錐状のもので刺すなら出来るのか？）　無理って気がするんですが……可能としてもちょっと間違えたら真っ赤な噴水だし、毎度上手に成功しているとしたら相当に器用ですね、トッドさん。それ床屋に必要なスキルじゃないですけど。いや、と言うかそれでも大量に血が出ることにはなると思うんですがね。
　……やっぱりばれるのは時間の問題だったんじゃないのかなあ。とりあえず復讐だけは遂げられて良かった…いや良くないですねこの結末は！　本当にえげつなくて素晴らしいですよ！ 　て言うか舞台観ながらこんなことを気にするなという話ですな。失礼いたしました。

　カーテンコールにて、トッドさんがミセスの首を切っていたのが「おいおい」でした……が、最後にキスしていたのがまた何とも。このふたりの関係も大概狂っていて何とも言えんですなあ。

　お読みいただきありがとうございました。


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